暴れる恋情 ~萌ちゃんママは御曹司に激愛されまくりです~
 だって男子とつきあった事がないので男性と食事に行くのにどんな服を着ればいいのかわからない。
 どうしようかな、とため息をついたところで階下の母からお茶が入ったわよ、と呼ばれた。
 夜になると父が休日出勤から帰ってきて、皆でダイニングテーブルを囲んだ。
「それじゃあ誕生日おめでとう。沙雪、深雪に乾杯」
 父が張り切った声で乾杯の音頭を取る。
 テーブルには母の手料理で私たちの好物が並び、じんわりうれしい。父にビールを注いでやると破顔して「娘から注いでもらうビールほど美味いもんはないなあ」とデレた。
 父は、私たち姉妹に対していつもフラットだ。私が沙雪のように自信満々に生きてはいないけれど、それをどうこう言うことがない。
 沙雪は沙雪、深雪は深雪だろ。それが父のスタンスだった。父のお陰で私は性格がねじ曲がらないですんでいるのかもしれない。
 食事が進むと私たちの近況報告も終わった。沙雪は福岡のテレビ局が制作するドラマに準主役で出るらしい。東京では映らないけどネット配信があるようだ。
「うれしいわね。沙雪がこうやってがんばっていると、加奈子義姉さんにも自慢できるわ。いつも孫自慢ばかりされるから」
 きたきた。母は、父の姉である加奈子叔母さんに、並々ならぬ対抗心のようなものを持っている。いつも一方的に自分の自慢話ばかりする加奈子叔母さんをどうにかしたい、という気持ちが常にあるらしい。
「その内、うちだって孫自慢できるだろ。そろそろお年頃になってきたしなあ」
 楽観主義の父がそんな事を言う。
「えー、あたし悪いけど子ども持つ気ないなあ。妊娠したくない。身体の線が崩れるじゃない」
 ワインを飲み干しながら沙雪が言う。
「可能性があるとしたら深雪か。でも相手いないしねえ」
 藤堂社長の顔が浮かんでどきりとする。いやいやまだ食事に誘われただけだし!なにを考えてるの、私。
「そうなのか?会社の飲み会とかちゃんと出席してるか?どこに出会いがあるかわからないぞ」
 そんなことを父が言う。
 私は曖昧に微笑んだ。全くその通りだ。まさか書店のお客様と食事に行くことになるなんて想像したこともなかった。しかも相手は王子様だ。
「無理無理。深雪は出会いがあっても自分でぶち壊しちゃうから」
 深雪がへらへらと笑う。
「そ」
 思わずそんなことない、と言いそうになって口をつぐむ。正直に言ったら大騒ぎになりそうだ。
「そうそう従弟の勝也君がね......」
 と、母が話題を変えたのでこの話は頓挫した。

 食事が終わってお風呂の番が回ってくるまで私は自分の部屋で本を読んでいた。実家に帰ったら読み返そうと思っていた本があったのだ。
 そこにドアが開いて、沙雪が入って来た。昔も今もノックなんかしやしない。
「ねえ、あんたさー、さっき出会いがどうのってところでなにか言いかけなかった」
 どきりとして本から目を離す。
「え、いや。うん」
「どっちよ。なに、好きな男でもできたわけ」
 好きとまではいかないけれど、藤堂社長の事は気になっている。これまでレジカウンター越しでしか接してなかったので、どんな人なのか知りたい。今度の食事会は本の話になるのがメインだろうけど。
「その......来週の木曜、食事に誘われてる」
「へえ!めずらしー。そんなことあるんだ?」
 沙雪はいかにもおもしろそう、という顔をする。
「で、どんな人?」
「......出版社の社長で本が好きな人。うちの店のお客さん。本の好みが似てるみたいだから話してみたいって」
「社長?お腹の出たおじさんじゃないでしょうね」
 私は首を振った。
「すごい美形で......正直、どんな服着ていったらいいかわからない」
「へー!」
 沙雪はあからさまに目を丸くする。
「あんたにもそんなことが起こるなんてねえ。ちょっと私の部屋に来なさいよ」
 え、と私は沙雪に手を引っ張られた。
沙雪の部屋に入るのも久しぶりだった。白黒つけるのが好きな沙雪は、福岡に行く時にかなり自分のものを捨てた。だから沙雪の部屋は殺風景だった。ベッドと机がかろうじて残っているくらい。カラーボックスも空だ。きっとクローゼットも空なんだろう、と思っていたら、沙雪がクローゼットの戸を開いた。
 あれ。結構、服がハンガーにかかったままになっている。
「クローゼットも片づけてると思ってた」
 私が意外そうに言うと沙雪が首を振った。
「私、モデルクラブに入る前、服屋で働いてたじゃない。お給料のほとんどで服買って...
 必死で買ったやつだからなんか処分できなくて。あー、改めて見るとダサいわ。でもあんたにはダサいくらいがちょうどいいでしょ」
 ばさっと三着ほどワンピースをハンガーごと押し付けられた。
 沙雪がダサいといった服は、小花柄だったり刺繍が凝ってたりして、なんというか乙女チックだ。華奢で可憐というか。最近沙雪が好んで着ている服とは全然違う。そう言えば沙雪が服屋で働いていた時は随分少女趣味路線なんだな、とうっすら感じたことを思い出した。
「ほら、これとかいいんじゃない」
 あわいピンクに刺繍があしらってあるワンピース。当時の沙雪にはとっておきだったんじゃないだろうか。古臭く感じさせないデザインだ。
「着てみれば」
「......私で似合うかな」
「ごちゃごちゃ言ってないで着なさいよ」
 私はそのワンピースを手に自分の部屋で着替えた。鏡の前に立つと普段着ないタイプなので似合っているのかイマイチわからない。
「着た?ああ...まあ、いつものあんたのスタイルよりいいんじゃない」
 沙雪はさっきと同じようにいきなりドアを開けて入ってきた。
「そ、そう?かまえすぎじゃない?」
「馬鹿ね。デートなんでしょ。かまえてなんぼでしょうが。それでちゃんと化粧すれば.、ってあんた化粧品って持ってる?」
「一応は」
 見せて、と言われてバックから化粧ポーチを取り出す。
「...うわ。まじ終わってる」
 思い切り呆れた声を出す。
「コンシーラーもないし。アイシャドウこれだけ?ふざけんな」
「だから沙雪とは職業が違うわけだから」
 難癖をつけられる覚悟はしていたけれど。
「何言ってんのよ。接客業でしょうが」
 しかたないなあ、と声を出しながら沙雪は自分の部屋にもどり、手に化粧品のいくつかを持ってやって来た。私の部屋の机の上にそれらを置く。
「これもう使わないからやるわ。さすがにリップくらいは自分で買いなさいよ。ドラッグストアのプチプラじゃなくてデパコスでよ。それくらい気合いれろっての」
 き、気合か。たしかに私はファッションに対して気合が足りない。無難な線でいこう、という気持ちが強い。でもこうして初めて着るタイプのワンピースを着ている自分はそう悪くなかった。
「......ありがとう。助かった」
「まあね。最初って肝心だから。うまくやりなさいよ」
 言葉は荒いけれど、沙雪がこんなに世話してくれるとは思わなかった。それが顔に出ていたのか沙雪が続けた。
「あんたに彼氏がいないと恋バナもできないじゃない。つまんねえ女と思ってたけど、少しはマシになってよね」
 バタンとドアを閉めて自分の部屋に戻ったようだ。
 沙雪と恋バナなんてあり得ないと思っていたけれど、本当にそんな日が来るのだろうか。
 そもそも彼氏という単語にすら怯んでしまう。
 机の上にある沙雪からもらった化粧品たちを見て、木曜までメイクの練習しよう、とそう思った。

 そうしてやってきた木曜日。仕事あがりに藤堂さんと食事に行くわけだから、出勤の時に沙雪からもらったワンピースを着ていくことになった。メイクもきちんとしたつもりだ。書店で同僚達になんと言われるかと思うと恥ずかしかったが、仕方がない。そこは腹をくくった。
「わ、深雪、どうしたの」
 案の定、店の更衣室で先に制服に着替えていた真奈美に声をあげられた。
「うん、ちょっとイメチェンしてみた。姉にアドバイスしてもらったの」
「ああ、モデルのお姉さんでしょ。さすがプロは違うね。でもよく似合ってる。ニュー深雪だね」
 くすぐったかったけれど概ね好評のようだから安心した。真奈美以外の同僚に見られるのも照れくさいので、そそくさと制服に着替えた。
 仕事はいつも通り始まったが、休憩時間になると藤堂さんの事を思い出した。どんな話をすればいいのか。何より、いつもより着飾った私を見てどう反応するのか。考えれば考えるほどわからない。
 あっという間に時間が過ぎてお弁当を食べ損ねるところだった。書店の仕事に暇な日、というのはなくてやることはてんこ盛りだ。せっせと業務をこなしていく。
 いよいよ私のあがり時間がやってきた。タイミングよく更衣室には誰もおらず、さっと着替えて化粧直しをし、店を出た。
 今日は駅の近くのカフェで待ち合わせしている。店の中を見渡すと、藤堂さんはまだのようだった。ハーブティーを注文して本を開く。
 しばらく本を読んでいると、藤堂さんが息を切らして目の前にやって来た。
「すみません、仕事が片付かなくて」
 そういう藤堂さんは急いでくれたせいで髪の毛が乱れていたが、やはり綺麗だった。
「いえ、そんなに待ってませんから」
 私が顔をあげると、藤堂さんが目を見開いた。
「......いつもと全然違うんですね。やっぱり制服を脱ぐと変わるもんなんだな」
 私は頬が赤くなるのを感じた。
「その服、よく似合ってる」
「あ、ありがとうございます......」
 恥ずかしさで小声で言ってしまう。心の奥ではうれしくてはしゃぎたいけれどキャラじゃないので慌てて封印する。
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