暴れる恋情 ~萌ちゃんママは御曹司に激愛されまくりです~
藤堂さんは店を予約してるから、出ようと言ってくれて、私は読みかけの本を閉じた。
カフェを出て次のお店に向かうまでの道で早速、本の話になった。
「さっき読んでたのはステラ・フォードじゃないかな。庭師の主人公の」
「あ、そうです。ちょっと前に出たのを再読していて。フォードは殺人事件以外の生活の描写が楽しいんです。変ったお茶を飲んだり創作料理をしたり......」
「たしか主人公がすごく辛いものが好きで具合が悪くなったりするんだよな」
「そう。最初は辛くて美味い美味いって言ってるのに段々体調が......」
そこまで言って、私はふふっと笑ってしまった。
藤堂さんはきょとんとした顔をして「なにか?」と言った。
「いえ......予想はしていたけど、本当に本の話がしたかったんですね。私も職業柄、同僚と本の話はしますけど、読む本がこんなにかぶるのは藤堂さんくらいだと思います」
「そうなんだよな。うちの会社にも本好きはたくさんいるけど、微妙に好みが違ったりするからなかなか自分の好きなもののコアなところは話せなくて。俺の好きな本にいつもPOPがついてるから随分、うれしくなったものだよ」
そうだったんですね、と言いがらすごく気持ちが弾んだ。丁寧なPOPを心がけていてよかった。
そうこうする内にフレンチレストランについた。路地の奥にあり、私の職場から近いけれど知らないお店だった。
高級そうな店がまえで少し躊躇したが藤堂さんはさすがに迷いのない足取りでエスコートしてくれる。
席は窓際のお店の庭が眺められる場所だった。
「昼間はランチもやっていてね。庭でゴールデンリトリバーが寛いでいるのが見れる。夜はどこか別の場所にいるみたいだな」
「わあ、いいですね。昼間も見てみたい」
そんな寛いだ話をしているとコース料理の前菜が運ばれてきた。
私に好き嫌いがないか確認した上で、コース料理を予約してくれていたのだ。
さらに盛られた美しい前菜にもきゅんとした。
それらを食べている時もやはり本の話。
「カナディアンシリーズって主人公が美食家でしょう。私、高校生の頃に読んでどうしてもキャビアが食べてみたくて。デパートの食料品売り場で探したことがあります。高くて買えませんでしたが」
「そうだな。カナディアンは、腹がすいている時に読むとやばい。かならずうちの冷蔵庫の中になにかないか探す羽目になる」
「ありました?冷蔵庫の中に」
御曹司のお宅の冷蔵庫には入っていそうだ。
「あった、あった。フォアグラのペーストの缶詰があったから、これだよ、と思って食べたら想像と違ってた......食べ物の描写がうますぎるのも罪作りだよな」
コース料理が終わるまで、本の話はつきなかった。
藤堂さんは思っていたよりもずっと気さくだった。綺麗な見た目だからすごく繊細なんじゃないかとも思っていたけれど、いい意味で予想を裏切られた。予想通りだったのは彼の恰好よさに周囲がざわめくこと。このレストランの奥の席だけれど、近くの席から女性の視線を感じる。うん、まあ、これくらい綺麗だったら当然でしょう。
藤堂さんは慣れているのだろう、視線なんかなんでもないふうだった。
美しく皿に盛られたデザートを食べ終わると藤堂さんが私にうかがうような視線を向けた。
「明日は金曜日か......書店の仕事は肉体労働だから早く休みたいだろう。でも......この後ちょっとだけつきあってもらえないだろうか?」
声のトーンがとても静かだった。今日のメインはこっちなんだ、というのが伝わってきた。
今が二十一時なので、少しだけなら、と了承した。
店で会計するときに自分の分は出します、と言ったのだが承諾してもらえなかった。恐縮しながらご馳走になることにする。
店を出て少し歩いて、駐車場に停めてあった黒の高級車に乗った。どこに行くのだろう。
「そんなに遠くじゃないから安心して」
私の気持ちを読まれたようだった。社長業とは人と会い続けるのが仕事だとなにかで読んだことがある。人と過ごすことに慣れている感じだ。藤堂さんといると、いろんな事がなめらかに進んだ。私とは経験値が違いすぎる。フレンチレストランで給仕されても、お店の人に抜け目なく「ありがとう」と言っていた。成功者ほど「ありがとう」と言うことが多いらしいから、さすが社長さんだ、と納得した。
それに本の話がすこぶる楽しかった。ただ好みがあうからというだけでなく、考え方がとても肯定的なのだ。あの作品のここが悪い、みたいな評論家みたいな視点ではなくて、面白いと思ったところを貪欲に深堀するような読み方。
そうか、そんな受け取り方もあるんだ、と自分の読み方の浅さにも気づかされた。
今日は、これが生まれて初めてのデートで、昨日あんなに緊張してたのが嘘みたいだった。本の話をしている時は、私は大丈夫なんだな、と自分の発見もあった。
藤堂さんの車は静かに発進し、三十分くらい走ったところで止った。
車から降りると門がまえがどっしりした日本家屋が目の前にあった。
え、ここって?
まさか藤堂さんのお住まいに連れてこられた?
急な展開でドキドキしてきた。てっきりカフェや喫茶店でさっきの話の続きをするんじゃないかと踏んでいたのが大きく外れた。
どうしよう、ちょっとお食事しただけなのにご家族に紹介とか?あり得ないようなことがどんどん胸の内でふくらんで不安になる。
「山本さん、こっちだよ」
玄関までの石畳を歩こうとしていたら違うほうへ促された。どうやら邸宅の裏の方へ回るらしい。
ちょっと細い道を抜けると私は「あっ」と声をあげた。
広い庭一面に、ぎっしり桜の花が咲き誇っていたのだ。
まだ三月の中旬で桜が咲くに早いはず。驚きの目で藤堂さんを見る。
「ここはうちの別邸でね。普段は使ってないんだが、この早咲きの桜を見るために毎年来るようにしてる。親父が元気な頃は、ここで毎年花見の宴会をしてたよ。子供の頃はわからなかったけど、大人になると、早咲きの桜とはなんて贅沢なんだと思えるようになった」
「すごい綺麗ですね......息をのんでしまいそうです」
「うん。これは御礼のつもり。いつもいい本を紹介してくれただろう。仕事で疲れてぶらっと吉永書店の売り場を見ていて、文庫のコーナーで読みたい本や好きな本についたPOPをを読むと、こんな事考えてる人間は俺だけじゃない、って思えたんだ。俺の職場には敵が多くてね。孤軍奮闘を余儀なくされるから......どうしても気持ちがささくれてしまう。そんな時に君の文章を読んでほっこりしてたんだ。だからいつか御礼を言いたかった。今日はそれが叶った日だよ」
私はまばたきもせず聞き入ってしまった。自分のPOPにそんな力があるとは思えなかったけれど、藤堂さんはそう言ってくれている。
「ありがとうございます。うれしいです。書店員冥利につきます」
私は軽く頭を下げた。
「しかもほっこりしただけじゃなくてね。君のPOPを読んで、自分は変わろうと思ったことがある」
「え?」
思いがけない言葉に声をあげてしまう。
「君のPOPを読んで気持ちがたかぶるのは何故だろうと考えた。自分の気持ちを肯定されるようなところがあるからなんだ。自分の気持ちが肯定されるとうれしいだろう。俺は仕事で自分の意見を通すことにばかり必死になっていた。周りの意見をまず肯定することをしてこなかった。自分の考えで先走りすぎたんだな。それに気づいてミーティングや打合せの時に、他人の意見を汲み取る隙間のようなものを自分の内側に作るようにした。
それだけで、随分、話がまとまるようになったよ。自然と視野も広がったしね」
「それは......きっと藤堂さんに懐の深さがもともと備わっていて、それが表に出てきただけですよ。でも......私のPOPがなにかのきっかけになったのならよかったです」
「うん。これは想像だけど、山本さんはよく相談を受けたりしないか?仕事でも、プライベートでも」
「そうですね。......私、彼氏もいないのに恋の相談をよくされるんです。たいしたアドバイスはできなくて聞いてあげるだけなんですけどね」
「君が頭から否定しないだろうっていう安心感があるからだよ。それと受け入れる余裕と。今、まさに俺は自分のことを君に話してしまってる。自分のことばかりしゃべる相手だとこうはいかない」
私は少し考えた。
「まあ......とりあえず相手の話を聞こう、っていうスタンスは持つようにしてるかもしれないです」
「うん。今日一緒に時間を過ごしてそれがよくわかった。とても居心地がよかったよ。それで興味がわいた。どうしたらそんな心境になれるんだろうって」
「興味......私に、ですか?」
思いがけない言葉に目を開いてしまう。
「そう。君のことがもっと知りたいんだ。これまでの御礼だけで終わらせたくない。また会ってもらえないかな。本の話だってもっとしたいし」
「えっと、あの」
なんて言えばいいんだろう。藤堂さんにいいことばかり言われてふわふわしていて、咄嗟に言葉が出てこない。慌ててもう一人の自分と相談する。
これから私はどうしたい?藤堂さんとする本の話はおもしろかった。それに自分に藤堂さんにプラスに働くような要素があるのなら......少しでもお役に立てるかもしれない。
そして何より、今夜は楽しかった。非の打ちどころのない時間だった。
こんな機会がまたあるなら、私は喜んで藤堂さんの誘いを受けたい。
「わ、私なんかでよければ......私も楽しかったですし」
「本当に?」
カフェを出て次のお店に向かうまでの道で早速、本の話になった。
「さっき読んでたのはステラ・フォードじゃないかな。庭師の主人公の」
「あ、そうです。ちょっと前に出たのを再読していて。フォードは殺人事件以外の生活の描写が楽しいんです。変ったお茶を飲んだり創作料理をしたり......」
「たしか主人公がすごく辛いものが好きで具合が悪くなったりするんだよな」
「そう。最初は辛くて美味い美味いって言ってるのに段々体調が......」
そこまで言って、私はふふっと笑ってしまった。
藤堂さんはきょとんとした顔をして「なにか?」と言った。
「いえ......予想はしていたけど、本当に本の話がしたかったんですね。私も職業柄、同僚と本の話はしますけど、読む本がこんなにかぶるのは藤堂さんくらいだと思います」
「そうなんだよな。うちの会社にも本好きはたくさんいるけど、微妙に好みが違ったりするからなかなか自分の好きなもののコアなところは話せなくて。俺の好きな本にいつもPOPがついてるから随分、うれしくなったものだよ」
そうだったんですね、と言いがらすごく気持ちが弾んだ。丁寧なPOPを心がけていてよかった。
そうこうする内にフレンチレストランについた。路地の奥にあり、私の職場から近いけれど知らないお店だった。
高級そうな店がまえで少し躊躇したが藤堂さんはさすがに迷いのない足取りでエスコートしてくれる。
席は窓際のお店の庭が眺められる場所だった。
「昼間はランチもやっていてね。庭でゴールデンリトリバーが寛いでいるのが見れる。夜はどこか別の場所にいるみたいだな」
「わあ、いいですね。昼間も見てみたい」
そんな寛いだ話をしているとコース料理の前菜が運ばれてきた。
私に好き嫌いがないか確認した上で、コース料理を予約してくれていたのだ。
さらに盛られた美しい前菜にもきゅんとした。
それらを食べている時もやはり本の話。
「カナディアンシリーズって主人公が美食家でしょう。私、高校生の頃に読んでどうしてもキャビアが食べてみたくて。デパートの食料品売り場で探したことがあります。高くて買えませんでしたが」
「そうだな。カナディアンは、腹がすいている時に読むとやばい。かならずうちの冷蔵庫の中になにかないか探す羽目になる」
「ありました?冷蔵庫の中に」
御曹司のお宅の冷蔵庫には入っていそうだ。
「あった、あった。フォアグラのペーストの缶詰があったから、これだよ、と思って食べたら想像と違ってた......食べ物の描写がうますぎるのも罪作りだよな」
コース料理が終わるまで、本の話はつきなかった。
藤堂さんは思っていたよりもずっと気さくだった。綺麗な見た目だからすごく繊細なんじゃないかとも思っていたけれど、いい意味で予想を裏切られた。予想通りだったのは彼の恰好よさに周囲がざわめくこと。このレストランの奥の席だけれど、近くの席から女性の視線を感じる。うん、まあ、これくらい綺麗だったら当然でしょう。
藤堂さんは慣れているのだろう、視線なんかなんでもないふうだった。
美しく皿に盛られたデザートを食べ終わると藤堂さんが私にうかがうような視線を向けた。
「明日は金曜日か......書店の仕事は肉体労働だから早く休みたいだろう。でも......この後ちょっとだけつきあってもらえないだろうか?」
声のトーンがとても静かだった。今日のメインはこっちなんだ、というのが伝わってきた。
今が二十一時なので、少しだけなら、と了承した。
店で会計するときに自分の分は出します、と言ったのだが承諾してもらえなかった。恐縮しながらご馳走になることにする。
店を出て少し歩いて、駐車場に停めてあった黒の高級車に乗った。どこに行くのだろう。
「そんなに遠くじゃないから安心して」
私の気持ちを読まれたようだった。社長業とは人と会い続けるのが仕事だとなにかで読んだことがある。人と過ごすことに慣れている感じだ。藤堂さんといると、いろんな事がなめらかに進んだ。私とは経験値が違いすぎる。フレンチレストランで給仕されても、お店の人に抜け目なく「ありがとう」と言っていた。成功者ほど「ありがとう」と言うことが多いらしいから、さすが社長さんだ、と納得した。
それに本の話がすこぶる楽しかった。ただ好みがあうからというだけでなく、考え方がとても肯定的なのだ。あの作品のここが悪い、みたいな評論家みたいな視点ではなくて、面白いと思ったところを貪欲に深堀するような読み方。
そうか、そんな受け取り方もあるんだ、と自分の読み方の浅さにも気づかされた。
今日は、これが生まれて初めてのデートで、昨日あんなに緊張してたのが嘘みたいだった。本の話をしている時は、私は大丈夫なんだな、と自分の発見もあった。
藤堂さんの車は静かに発進し、三十分くらい走ったところで止った。
車から降りると門がまえがどっしりした日本家屋が目の前にあった。
え、ここって?
まさか藤堂さんのお住まいに連れてこられた?
急な展開でドキドキしてきた。てっきりカフェや喫茶店でさっきの話の続きをするんじゃないかと踏んでいたのが大きく外れた。
どうしよう、ちょっとお食事しただけなのにご家族に紹介とか?あり得ないようなことがどんどん胸の内でふくらんで不安になる。
「山本さん、こっちだよ」
玄関までの石畳を歩こうとしていたら違うほうへ促された。どうやら邸宅の裏の方へ回るらしい。
ちょっと細い道を抜けると私は「あっ」と声をあげた。
広い庭一面に、ぎっしり桜の花が咲き誇っていたのだ。
まだ三月の中旬で桜が咲くに早いはず。驚きの目で藤堂さんを見る。
「ここはうちの別邸でね。普段は使ってないんだが、この早咲きの桜を見るために毎年来るようにしてる。親父が元気な頃は、ここで毎年花見の宴会をしてたよ。子供の頃はわからなかったけど、大人になると、早咲きの桜とはなんて贅沢なんだと思えるようになった」
「すごい綺麗ですね......息をのんでしまいそうです」
「うん。これは御礼のつもり。いつもいい本を紹介してくれただろう。仕事で疲れてぶらっと吉永書店の売り場を見ていて、文庫のコーナーで読みたい本や好きな本についたPOPをを読むと、こんな事考えてる人間は俺だけじゃない、って思えたんだ。俺の職場には敵が多くてね。孤軍奮闘を余儀なくされるから......どうしても気持ちがささくれてしまう。そんな時に君の文章を読んでほっこりしてたんだ。だからいつか御礼を言いたかった。今日はそれが叶った日だよ」
私はまばたきもせず聞き入ってしまった。自分のPOPにそんな力があるとは思えなかったけれど、藤堂さんはそう言ってくれている。
「ありがとうございます。うれしいです。書店員冥利につきます」
私は軽く頭を下げた。
「しかもほっこりしただけじゃなくてね。君のPOPを読んで、自分は変わろうと思ったことがある」
「え?」
思いがけない言葉に声をあげてしまう。
「君のPOPを読んで気持ちがたかぶるのは何故だろうと考えた。自分の気持ちを肯定されるようなところがあるからなんだ。自分の気持ちが肯定されるとうれしいだろう。俺は仕事で自分の意見を通すことにばかり必死になっていた。周りの意見をまず肯定することをしてこなかった。自分の考えで先走りすぎたんだな。それに気づいてミーティングや打合せの時に、他人の意見を汲み取る隙間のようなものを自分の内側に作るようにした。
それだけで、随分、話がまとまるようになったよ。自然と視野も広がったしね」
「それは......きっと藤堂さんに懐の深さがもともと備わっていて、それが表に出てきただけですよ。でも......私のPOPがなにかのきっかけになったのならよかったです」
「うん。これは想像だけど、山本さんはよく相談を受けたりしないか?仕事でも、プライベートでも」
「そうですね。......私、彼氏もいないのに恋の相談をよくされるんです。たいしたアドバイスはできなくて聞いてあげるだけなんですけどね」
「君が頭から否定しないだろうっていう安心感があるからだよ。それと受け入れる余裕と。今、まさに俺は自分のことを君に話してしまってる。自分のことばかりしゃべる相手だとこうはいかない」
私は少し考えた。
「まあ......とりあえず相手の話を聞こう、っていうスタンスは持つようにしてるかもしれないです」
「うん。今日一緒に時間を過ごしてそれがよくわかった。とても居心地がよかったよ。それで興味がわいた。どうしたらそんな心境になれるんだろうって」
「興味......私に、ですか?」
思いがけない言葉に目を開いてしまう。
「そう。君のことがもっと知りたいんだ。これまでの御礼だけで終わらせたくない。また会ってもらえないかな。本の話だってもっとしたいし」
「えっと、あの」
なんて言えばいいんだろう。藤堂さんにいいことばかり言われてふわふわしていて、咄嗟に言葉が出てこない。慌ててもう一人の自分と相談する。
これから私はどうしたい?藤堂さんとする本の話はおもしろかった。それに自分に藤堂さんにプラスに働くような要素があるのなら......少しでもお役に立てるかもしれない。
そして何より、今夜は楽しかった。非の打ちどころのない時間だった。
こんな機会がまたあるなら、私は喜んで藤堂さんの誘いを受けたい。
「わ、私なんかでよければ......私も楽しかったですし」
「本当に?」