敏腕パイロットは空の上のシェフを愛す~愛おしい双子を添えて~
乃愛と呼ばれるその女性は顔を覆い、人目もはばからず声を上げて泣いた。
その姿を見て、花梨は胸が締めつけられる。
知らなかったとはいえ、自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
『――本当に申し訳ございません。何も知らなかったとはいえ、傷つけてしまって』
深く頭を下げる花梨を、乃愛はキッと睨みつけ、須天に支えらられるようにして、花梨の横を通り過ぎた。
『この泥棒猫……』
憎しみに満ちた乃愛の言葉が、花梨の頭の中で何度も、何度も再生されていた。
その場を離れることもできず、しばらくは衝撃に立ち尽くしたままだったが、
ふと、引っ越し業者がアパートに来る時間を思い出す。
——いけない。
花梨は重たい身体をなんとか動かし、その場を後にした。
(一瞬、夢を見てしまっただけ……全部、忘れてしまいたい。久登さんのことを、好きにならなければよかった……)
好きだと伝えられ、一晩中抱かれた。そのせいで錯覚してしまったのだ。
自分が、御曹司の彼に本気で愛されているのだと。
けれど、冷静に考えればわかる。久登のようなすべてを手に入れている男と、何もかもが中途半端な自分じゃ釣り合うはずがない。
乃愛という女性の素性を詳しく知らなくても、須天が認める家柄の出であることは明らかだった。
女の目から見ても、彼女は美しく、可愛らしく、そして品性をまとっていた。
久登の隣に立つにふさわしい人だと、誰もが口を揃えるだろう。
自分なんて、太刀打ちできるはずがない。
(……さよなら、久登さん)
電車の窓越しに見える東京のビル群が、無機質に聳え立っている。
その間を一機の飛行機が、ゆっくりと羽ばたいていった。
この窮屈な地上を離れどこにも縛られず、遥か向こうへ飛んでいく姿は、確かに美しい。
久登が想いを馳せる理由が、分かるような気がした。
(久登さん。どうか……いつか自由になってくださいね。あなたには、悲しい顔をしてほしくないから)