敏腕パイロットは空の上のシェフを愛す~愛おしい双子を添えて~
独り言は、静寂の闇に溶けていく。
約四年前――久登が二十七歳のとき。
彼は実家である須天コーポレーションを退職し、スターロード航空へ入社した。
長年の夢だったパイロットという職に就き、今ではこうして空を越え、国境を越えて飛んでいる。
籠の中の鳥のようだった人生から抜け出せたのは、間違いなく花梨の存在があったからだ。
彼女が突然、目の前から消えた。その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた気がした。
――ああ、自分はこんなにも無理をしていたのか。
彼女が近くにいてくれたから、やりたくもない仕事にも耐えられていた。
だが、彼女のいない日常を、これ以上、頑張ることはできなかった。
――父の言いなりとして生きるくらいなら、死んだほうがましだ。
そう本気で思うほど、久登は追い詰められていた。
すべてを捨てて、空の世界に飛び込む。
もちろん、その道のりは決して簡単なものではなかった。
そのとき、ポケットの中でスマホが小刻みに震えた。
メッセージの差出人は、須天正隆……父親だった。
【来週、食事でもしないか。相談したいことがあるんだ】
「……相談ってなんだ?」
久登は鼻で笑い、低く呟く。
「もう俺は、須天の人間じゃない」
吐き捨てるように独り言ち、久登はスマホの電源を切った。
元々、彼は海外の大学へ進学し、パイロットの免許を取得して、空の道へ進むつもりだった。だがある日、父の会社――須天コーポレーションが傾き始めた。
夢を追うどころではない、そう父に言われ、半ば強引に帰国させられ、会社へ入れられた。
実の父が困っているのに、見て見ぬふりなどできるはずもなく、跡を継ぐ覚悟で働いた。
だが、内情を知るにつれ、絶望は深まるばかりだった。
業績悪化の原因は、違法すれすれの投資と操作だったのだ。
表向きはクリーンな顔をしながら、裏では常に綱渡りの経営を続けていた。
そして久登の実家への信頼が崩れた決定打が、自身の婚約の件だった。