敏腕パイロットは空の上のシェフを愛す~愛おしい双子を添えて~
そんなはずがない、と花梨は言い聞かせるが。

「……君は、花梨?」

彼に名前を呼ばれた瞬間、サッと血の気が引き冷静になった。

(やっぱり、久登さんなのね……)
「おーい! 大丈夫だったか、木梨さん!」

突然頭上から聞こえた西本の声に、ふたりの間に落ちていた沈黙が打ち消される。

「ご心配なく。私は大丈夫です!」

動悸は激しいが、今はそれどころではない。機内食の準備が遅れれば、フライトに大きな影響を与えてしまう。
花梨は帽子を目深にかぶり、目の前の男性と視線が合わないように深く頭を下げる。

「先ほどはありがとうございました。お忙しい中、お手間をとらせてしまい、大変申し訳ございません」
「……君は」

男性が花梨に言葉をかけようとした直後、後ろから別の低い声が上がった。
花梨が視線だけ上げると、スターロード航空のパイロットーー年齢的にも機長と思わしき男性が、少し焦ったような表情でこちらに近寄ってくる。

「須天くん、どこにいると思ったら。ブリーフィング、もう始まってしまうよ」
「すみません、今向かいます」

――須天。忘れもしない。久登さんの、苗字だ。
さらに緊張で表情が固まる花梨に、彼は一瞬視線を送る。
だが、彼女がすかさず顔を伏せたので、あきらめるようにしてその場から立ち去った。
花梨は彼が離れたことを確認し、すぐに業務に戻る。

(やっぱり、久登さんだわ。須天ホールディングの社長になるんじゃなかったの……?)

彼は、スターロード航空のパイロットの制服を着ていた。
濃紺のジャケットに白いシャツ、喉元にきっちりと収まったネクタイ。
胸元には、翼をかたどったウイングバッジ。肩章に二本のラインが並んでいたので、副操縦士なのだろう。
次期社長と謳われた彼が、この業界にいるなんて夢にも思わない。
無理やり蓋をしていた記憶が、次々と脳裏に蘇る。

『花梨、俺は出会ったときから、君を目で追っていた』

真っ先に思い出すのは、彼のベッドの中での戯言。
少し頬を赤らめて、普段は寡黙な彼が優しく囁いてくれた。

『久登さん……』
『好きなんだ、まっすぐな君が』
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