孤高の心臓外科医は、憎しみの元恋人を熱情で囲い込む

自分と同じくらいの年齢に見えるのに、運転手にも臆することなく言葉を向けている。
その落ち着いた物言いに、一葉は息を呑んだ。
圧倒されて見つめていると、彼はふとこちらを振り返り、一葉とは反対側から老婆の腕を支えた。

「降りるの、手伝います」

「……ありがとうねぇ……」

老婆に向けた切れ長の瞳は、透き通るほどに澄んでいる。
老婆がゆったりとした動きをしていても、彼は焦れた様子は一切見せない。
やけに落ち着いたその姿に、一葉は感心してしまった。
二人で老婆をバス停まで見送り、再び車内へ戻る。

「あの……手伝ってくださって、ありがとうございました」

小さな声でそう告げると、彼は一瞬だけこちらを見て、少しぶっきらぼうに会釈してくれた。

「……いえ。こちらこそ」

先の乗車を譲ってくれた彼を、席に戻ってから目で探す。
ほどなくして、前方の窓際にある一人席で、外を眺めている彼の姿を見つけた。

(綺麗な人、だな)

その美しい横顔を、淡い光がきらきらと縁取っている。
高く、まっすぐに伸びた鼻筋。引き締まった唇。綺麗に切り揃えられた漆黒の髪は、艶やかで、さらりと揺れるたびに清潔感を漂わせる。
しゃんと伸びた背筋と広い肩幅が、かえって小さな顔立ちを際立たせていた。
きっと見た目からして年が近いのだろうが、あの落ち着きようはずっと年上にも見える。
彼は、一葉と同じバス停で降りた。どうやら、同じ大学に在籍しているらしい。
憧れに近いような感情からか、目で追ってしまう。
だが自分とは縁遠い人だと言い聞かせて、彼とは正反対へと歩き出した。

「――一葉! 今日ね、医学部の先輩に飲み会誘われちゃったの! 一緒に行こう?」

ゼミが終わった直後、同じ英文学を専攻している友人が、弾むような声で誘いかけてきた。
けれど一葉は、渋い顔で黙り込んだ。

「……お酒、苦手だし私はパスしよっかなぁ……」

すると友人は「えー! もったいな」と肩を落とし、それからむっと頬を膨らませた。

「彼氏がいないの、私と一葉だけじゃん! 本ばっかり読んでたら、あっという間に就活始まっちゃうよ!」

軽い調子の言葉だったが、思いのほか重くのしかかった。

「うん、わかってる。けど……わたしにはまだ、恋愛は早い、というか」

いや、もうすぐ二十歳だ。と心の中で突っ込んでみる。

「マジで意味が分からないでーす! もういい、別の子を誘うから」
< 3 / 127 >

この作品をシェア

pagetop