ほたる先生は振り向かない
「夏休み前で色々と雑務があって忙しいんです。手短にお願いします」

「えーっ、いっぱい話そうよ〜」

「目的が違いますよ。そろそろ担任に言いつけますからね」


ゲッ、と思いっきり嫌な声が出てしまって、急いで口を塞ぐ。

「…だってあいつ、脳筋なんだもん」

「その表現、僕は嫌いです」

でしょうね。
言われると思ったけど、他に言いようがないんだもん。


「ほたる先生、夏休みもいる?」

まだ人がまばらな職員室を歩きながら、先を行く先生の背中に問いかける。

まったく振り向くことなく前を向いて答えた。

「います。夏休みだろうとなんだろうと、仕事はありますので」

「じゃあ分かんないとこ聞きに来てもいい?」


ほたる先生は自分の席に着きながら、心底めんどくさそうにため息をついた。

「……勉強の話なら」

「やった。じゃあ頑張って分かんないとこ探すね」

「探すくらいなら来ないでください」

「ある!あるの!分かんないとこあるの!……ねぇ、夏休みも会えるってことでいいんだよね?」

「違います」

あまりにも早すぎる即答。


ふふっと笑ってしまって、先生の机にぐいっと回り込む。

すると────
パソコンを立ち上げながら、ほたる先生がほんの少しだけ笑っていた。

レアな表情を、見つけた。


「いま笑った」

「笑ってません」

「笑ったじゃん」

「岸さん」

すぐに真顔に戻った先生が、カタカタとキーボードを打ちながら言う。


「進路希望調査書、ちゃんと出してください」

「あ、話変えた」

「あと、敬語を使ってください」

「はーい、ほたる先生」

「……僕は蛍谷です」


はいはい、と適当に返事をしながら。

私はたぶん、今年の夏も、何回もここに来るんだろうなと思った。



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