ほたる先生は振り向かない
「ほたる先生!やっと会えた!」

「会うために来ないでください」

「やだなぁ、単語帳が見えないの?勉強してたよ?」

「その単語帳、くるくる回してるだけなのでは?」

────お察しの通り。


でも、このやり取りがしたくてたまらなかった私には、先生を待っていた数十分なんてまったく苦じゃなかった。

待つ時間さえも、いとおしい。

ふふっと笑って、私は廊下の壁にもたれたまま言った。


「質問あるから、先生のこと待ってた」

「岸さんの“質問”は雑談の匂いがします」

「失礼だなあ」

ほたる先生は小さくため息をつきながらも、立ち去らない。

たぶん、ちょっとだけなら答えてくれる。


「……で?待ってたからには、ちゃんとした質問ですよね?」

「もちろん!」

私はここぞとばかりに先生の隣に立って、ちょっとだけ距離を詰める。

詰めた分だけ、先生は身体を離す。
私は追いかける。

それの、繰り返し。

若干の距離をどうしても保ちたいらしい。悔しい。


仕方なく、教科書を開いて指でさして尋ねる。

「これとか、これとか。“けり”って、なんで“気づいた”時にも使うの?」

ずっと思っていた疑問を投げかけたつもりなのに、先生はわずかに瞬きをした。

……あれ、なんかいつもと違う反応。


「随分細かいところを聞きますね」

「だって変じゃない?過去なのに、“あ、そうだったんだ”みたいな意味になる時あるじゃん」

ほたる先生は少し考えるみたいに視線を落とした。

廊下の窓から入る西日が、先生のシャツを薄く透かしている。


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