ほたる先生は振り向かない
講習終了後。
みんながそれぞれ帰り支度を始める。
講習だけ受けに来た人もいれば、そのまま自習室へと戻る人もいる。
それぞれここに来るには、目的が違う。
私はノートをしまいながら、黒板を消している教壇の沢村先生を見る。
「沢村先生」
「んー?」
先生はこっちを見ない。
ものすごく雑に、なんとなーく黒板の文字を消し終えて、今度はタブレットまでいじり出した。
ほたる先生に色々聞き出す時は、逃げそうだから絶対に近くまで寄るけど。
たぶん、いや、間違いなく。沢村先生は逃げない。
だから私も椅子に座ったまま尋ねる。
「先生って、評論好き?」
あまりにもどストレートな質問に、沢村先生は吹き出した。
「なんだ、急に」
「いや…なんとなく」
少し考えてから、先生はニカッと笑う。
「うん。俺は好きだなー。なんていうの、人間くさくて」
そう言ってから、なにか意味ありげにこっちを見た。
顔は笑ってるけど、きっと私が色々思うことがあるっていうのを見透かしたような、そんな目で。
「岸。お前なんかあった?」
ギクッとした。
沢村のくせに、やけに鋭いじゃん。
……という言葉は気合いで飲み込む。意外と生徒のことを見てるんだな、とも思った。
ポーカーフェイスのつもりで目を逸らす。
「別に」
「その顔してる時は“別に”じゃないんだよなー」
……その指摘、鋭い。
でも、言えるわけない。
ついつい押し黙っていると、沢村先生は「分かりやすいんだよなぁ、岸は」と苦笑した。
「ま、いいや。若者なんて悩みだらけなのが正解だ」
プリントの角も揃えずにザーッと簡単にまとめて、向きも揃えずに教科書や参考書を腕に抱えた。
「好きな人ってさ、結局他人だし。意味分かんないもんなんだよ」
“好きな人”っていうワードを私は一度たりとも出していないっていうのに。
思わず顔を上げてしまった。自分のこの反応で、相手に図星だと知らしめてしまう。
「……なんで分かんの?」
「俺、結婚してるし」
めっちゃドヤってて、にやりと“全部知ってますよ”みたいな、なんともいえない悪い顔。
いや、それはずるくないか?
沢村先生は笑いながら教室のドアをガラッと音を立てて開ける。
「受験生。恋愛で悩むのもいいけど、まずは勉強しろよー」
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
残された私は、というと。
バッグの青い犬を見下ろして、小さく息を吐く。
……ほんと。
恋愛って、意味分かんない。
でも、届きそうにないのに。
響いてもいなそうなのに。
好きなんだよなあ。
古典は、先生を知る教科だった。
でも、現国は。
自分を知る教科なのかもしれない。
バッグについた青い犬の頭を、指で軽くつつく。
「……ま、いっか」
明日は古典の講習がある。
ほたる先生に会えるし。
みんながそれぞれ帰り支度を始める。
講習だけ受けに来た人もいれば、そのまま自習室へと戻る人もいる。
それぞれここに来るには、目的が違う。
私はノートをしまいながら、黒板を消している教壇の沢村先生を見る。
「沢村先生」
「んー?」
先生はこっちを見ない。
ものすごく雑に、なんとなーく黒板の文字を消し終えて、今度はタブレットまでいじり出した。
ほたる先生に色々聞き出す時は、逃げそうだから絶対に近くまで寄るけど。
たぶん、いや、間違いなく。沢村先生は逃げない。
だから私も椅子に座ったまま尋ねる。
「先生って、評論好き?」
あまりにもどストレートな質問に、沢村先生は吹き出した。
「なんだ、急に」
「いや…なんとなく」
少し考えてから、先生はニカッと笑う。
「うん。俺は好きだなー。なんていうの、人間くさくて」
そう言ってから、なにか意味ありげにこっちを見た。
顔は笑ってるけど、きっと私が色々思うことがあるっていうのを見透かしたような、そんな目で。
「岸。お前なんかあった?」
ギクッとした。
沢村のくせに、やけに鋭いじゃん。
……という言葉は気合いで飲み込む。意外と生徒のことを見てるんだな、とも思った。
ポーカーフェイスのつもりで目を逸らす。
「別に」
「その顔してる時は“別に”じゃないんだよなー」
……その指摘、鋭い。
でも、言えるわけない。
ついつい押し黙っていると、沢村先生は「分かりやすいんだよなぁ、岸は」と苦笑した。
「ま、いいや。若者なんて悩みだらけなのが正解だ」
プリントの角も揃えずにザーッと簡単にまとめて、向きも揃えずに教科書や参考書を腕に抱えた。
「好きな人ってさ、結局他人だし。意味分かんないもんなんだよ」
“好きな人”っていうワードを私は一度たりとも出していないっていうのに。
思わず顔を上げてしまった。自分のこの反応で、相手に図星だと知らしめてしまう。
「……なんで分かんの?」
「俺、結婚してるし」
めっちゃドヤってて、にやりと“全部知ってますよ”みたいな、なんともいえない悪い顔。
いや、それはずるくないか?
沢村先生は笑いながら教室のドアをガラッと音を立てて開ける。
「受験生。恋愛で悩むのもいいけど、まずは勉強しろよー」
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
残された私は、というと。
バッグの青い犬を見下ろして、小さく息を吐く。
……ほんと。
恋愛って、意味分かんない。
でも、届きそうにないのに。
響いてもいなそうなのに。
好きなんだよなあ。
古典は、先生を知る教科だった。
でも、現国は。
自分を知る教科なのかもしれない。
バッグについた青い犬の頭を、指で軽くつつく。
「……ま、いっか」
明日は古典の講習がある。
ほたる先生に会えるし。