ほたる先生は振り向かない

矢印

古典の講習が始まった。


今日のほたる先生は、黒板の右端に大きく綺麗な字を書いた。

【敬語=距離感】


教室のあちこちで「うわー、苦手」という小さい声。
そう嘆きたくなる気持ちは、私もちょっと分かる。

助動詞よりはマシだけど、敬語は誰が誰に使ってるか迷子になる。


「共通テストは、敬語単体で覚えてもあまり意味がありません」

ほたる先生はそう言いながら、問題プリントをめくった。

「誰が、誰に、どういう距離感で話しているか。そこまで読んでください」

チョークが黒板を叩く音が静かに響く。


尊敬語 → 相手を上げる
謙譲語 → 自分を下げる
丁寧語 → 距離を整える


「例えば、この問題ですが」

と、先生が黒板に書かれた一文を示した。


『帝、女御に仰せらる』


「この“仰す”は誰への敬意ですか?」

ほたる先生の問いかけに、教室が静まる。

私の前の席の男子が首をかしげながら、小さな声で

「帝……?」

と答えると、先生はすぐにうなずいた。

「そうですね。では、なぜ敬っているんですか?」


さらに続く沈黙。

しんと静かになった室内を見渡して、ほたる先生はチョークを持ったまま黒板に書いた文字に目をやった。


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