ほたる先生は振り向かない
「……私とも?」

聞きながら、聞かなきゃよかったかも、と少しだけ思った。


ほたる先生は全然こっちを見ない。


「生徒全員です」

と涼しい顔で、きっぱりはっきりと断言された。


─────完全敗北。

きれいなくらい、きっちり平等。


でも、もうそれでいいと思った。
いや──そんなところがいいんだと思ってしまった。

誰かだけ特別だったら、たぶん私は、ほたる先生のことを好きになっていなかった。

先生が先生だから好きで。
先生らしい答えに傷ついて。

それでも少し安心している。


……めんどくさいな、私。だいぶこじらせてる。

そんな自分に吹き出してしまった。


「私はタメ口やめないからね。先生と距離縮めたいもん」

諦めが悪いのだけが、自分の取り柄だってちゃんと知っている。
だからこそ、それを隠さない。


ほたる先生が盛大なため息をつくのが聞こえた。

「なに言ってるんですか。勝手に縮めないでください」

「卒業する頃にはめっちゃ縮まってるかもしれないよ?」

「残念ながら、平行線です」

「未来のことなんて分かんないじゃん?」

「これだけは分かります。僕は教師で、岸さんは生徒なので」

「ほんっと堅物だよね」

「違います。常識です」


職員室に着くまで、私たちはこんな会話を繰り返していた。

勉強のことだけ、って言ってたのに。
先生は追い払ったりはしなかった。


「岸さんは距離感について、きちんと学び直した方がいいですね」

「えっ!先生がマンツーマンで教えてくれるの?」

「いいえ、」


職員室のドアを開けて、先生は振り返らずに言い切った。

「岸さんはもう自分で分かっているはずなので。僕からなにか言うことは特にありません。では」


目の前でドアを閉められたというのに。

私はどうしてなのか、口元の綻びを抑えきれなくて顔を覆ってしまった。


先生、ちゃんと見てはくれてるんだ。

それだけで、今日は十分だった。


< 39 / 71 >

この作品をシェア

pagetop