ほたる先生は振り向かない
ちゃんとそれを聞き逃さない沢村先生が、面白そうに吹き出す。
「そうなんだよ、めんどくさいよな。だって人間だから」
そう言いながら手際よくプリントを配っていく。
私はそのプリントへ視線を落とした。
今日のテーマは、“言葉と伝達”だった。
いつもに増して難しい単語が並ぶ文章の中で、ひとつだけ目についた一文があった。
『言葉は、完全には伝わらない』
────なんだそれ。
伝わらないなら意味なくない?
私を含めて、そんな顔をした生徒が多かったのか、沢村先生は笑いながら続けた。
「言葉ってさ、伝えるために使うんだけど」
先生にしては、少しだけ真面目な声。
「正確に言うと、ズレを減らすために使うんだよ」
……“ズレ”か。
最近、その言葉も好きじゃない。
好きじゃない言葉ばっかり増えていく。
“距離感”、“矛盾”、“伝わらない”。
そんな単語ばっかり自分の中に増えていって、そしてどんどん膨らむ。
「だから現国って、読む教科っていうよりも、考える教科なんだよな」
冷房の効いた室内に、響き渡る沢村先生のハキハキとした声。
いつもの授業と違って、講習の時間にざわつくこともなく、みんなちゃんと前を向いている。
教室の窓から夏の強い光が差し込む。
私は無意識に、プリントの端を指でなぞった。
──筆者はなぜ書いたのか。
──人はなぜ伝えたいのか。
……そんなこと、考えたことなかった。
••┈┈┈┈••
「そうなんだよ、めんどくさいよな。だって人間だから」
そう言いながら手際よくプリントを配っていく。
私はそのプリントへ視線を落とした。
今日のテーマは、“言葉と伝達”だった。
いつもに増して難しい単語が並ぶ文章の中で、ひとつだけ目についた一文があった。
『言葉は、完全には伝わらない』
────なんだそれ。
伝わらないなら意味なくない?
私を含めて、そんな顔をした生徒が多かったのか、沢村先生は笑いながら続けた。
「言葉ってさ、伝えるために使うんだけど」
先生にしては、少しだけ真面目な声。
「正確に言うと、ズレを減らすために使うんだよ」
……“ズレ”か。
最近、その言葉も好きじゃない。
好きじゃない言葉ばっかり増えていく。
“距離感”、“矛盾”、“伝わらない”。
そんな単語ばっかり自分の中に増えていって、そしてどんどん膨らむ。
「だから現国って、読む教科っていうよりも、考える教科なんだよな」
冷房の効いた室内に、響き渡る沢村先生のハキハキとした声。
いつもの授業と違って、講習の時間にざわつくこともなく、みんなちゃんと前を向いている。
教室の窓から夏の強い光が差し込む。
私は無意識に、プリントの端を指でなぞった。
──筆者はなぜ書いたのか。
──人はなぜ伝えたいのか。
……そんなこと、考えたことなかった。
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