隠し子が発覚したら『氷の宝石商』の独占欲に火がつきました~5年越しの執念で見つけ出され、逃げ場のない溺愛で囲い込まれています~
第31話:大事なものは
「蒼乃!」
ホテルのきらびやかなエントランスホールに、昂輝の切迫した声が響く。
彼のたくましい腕に抱え上げられた輝が、周囲のざわめきを切り裂くようにして蒼乃を呼んだ。
「ママ!」
車寄せの大理石の床上には、数人の警備員たちと、その中心で力なく座り込んでいる蒼乃の姿があった。
周囲にはホテルの救急箱を持ったスタッフが集まり、血を拭うなどの手当を行っている。
昂輝の腕からするりと滑り降りた輝が、母親の元へと一直線に走った。
蒼乃は上体を起こし、飛び込んできた小さな息子の身体を両腕でしっかりと抱き止める。
「輝」
「ママ……っ、ママぁ」
輝の小さな肩が激しく上下し、こらえきれずに涙が溢れ出す。
蒼乃はその背中を何度も撫でながら、震える声を絞り出した。
「大丈夫よ。偉かったわね、ちゃんとおじちゃんのところまで走ったのね」
「蒼乃……」
近づいた昂輝の視線が、蒼乃の右腕に注がれた。
白い包帯が痛々しく巻き付けられている。
暴漢のナイフが肉に届く直前、助手席から自力で飛び降りた祖父が、近くに置かれていた誰かの手荷物を、渾身の力で投げつけてくれた。
背中でそれを受け止めた犯人は、転ぶように走りながら逃げた。
おかげで、ナイフの切っ先が掠る程度で済んだ。
大けがは免れたものの、蒼乃の白い肌に巻かれた包帯からは、うっすらと赤い血が滲み出ていた。
頬にも、地面に擦りつけたような痛々しい傷が赤く走っている。
それを見た昂輝の端正な顔が、怒りと苦悶で歪んだ。
「昂輝……サファイアのケース、取られちゃった」
蒼乃は顔をぐちゃぐちゃに濡らし、悔しさと申し訳なさで声を震わせながら昂輝を見上げた。
「取り戻そうとしたんだけど、私の力が足りなくて……ごめん」
「バカ! そんなことどうでもいい!」
昂輝はそれ以上の言葉を遮るように、蒼乃の身体を、膝の上の輝ごと強く抱きしめた。
「サファイアなんかどうでもいいんだ。蒼乃に、もしものことがあったら……俺は……」
昂輝の広い肩が小刻みに震える。
目から、大粒の涙がこぼれ落ちて蒼乃の髪を濡らした。
「……昂輝っ」
二人が、互いの無事を確かめ合うように身を寄せる。
すると、間に挟まれていた輝が、窮屈そうに身をよじりながら小さな声を上げた。
「ねえママ、みて、お石あるよ」
「……え?」
涙に濡れた目を瞬かせた蒼乃が、息子の顔を見つめる。
「あのね、だいじなものは、いちばんちかくにないと、ダメなんだよ」
輝は小さな手を自分のスーツのポケットに突っ込み、何かを探る。
そして、揉みくちゃになってしわの寄ったハンカチを引っ張り出した。
結び目を丁寧に解くと、中から眩いばかりの青い光彩が放たれる。
蒼乃が命を懸けて磨き上げた、あのサファイアの原石が、輝の掌の上で静かに微笑むように輝いていた。
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