隠し子が発覚したら『氷の宝石商』の独占欲に火がつきました~5年越しの執念で見つけ出され、逃げ場のない溺愛で囲い込まれています~




 蒼乃は、部屋の真ん中に座っていた。

 どうやって家に戻ったのか、覚えていない。


 昂輝に裏切られた。


 胸が引きちぎれそうな痛みに襲われ、涙が溢れる。

 止め方を忘れた水道のように、頬を滑り落ちる水滴が畳に吸い込まれて行くのを、ぼうっと眺めていた。


 ふと、気づくと、手のひらがまだ平坦なままのお腹に触れた。


 衣服越しに伝わる、自らの体温の温もり。

 まだ膨らみも胎動も何もない、平らかなお腹。しかしその奥には、小さな小さな命が、確かに息づいている。


 
 昂輝にとって、蒼乃はただの駒だった。

 自分という駒がどのように機能したのかはわからない。
 しかし、油断させ、祖父の工房を手に入れるために必要な手順の一つだったのだろう。

 では、このお腹の中にいる新しい命はどうだ。



 背筋に冷たいものが流れる。


 彼は、感情を介さない計算のもとで動く、ビジネスマンだ。

 もし、この子の存在を知れば、及川工房を完全に支配するための『道具』として利用されるのではないか。

 あるいは、ビジネスの邪魔だと切り捨てられるかもしれない。


「子供まで奪われて、彼の仕事の道具にされるわけにはいかない。ううん、万が一にでもおろせだなんて言われたら……」


 ぞっと、総毛立った。


 この子を守れるのは、世界中で自分しかいない。

 彼のような巨大な存在から逃れるためには、この場所から逃げるしかないのだ。


 蒼乃は泣くのを止めると、急いで押入れを開けた。

 トランクに当座の荷物を詰める。

 もともと荷物は多くない。

 大きな家具は置いていくことになるが、気にしている場合ではない。大家には申し訳ないが、敷金で処分をしてもらおう。



 大家と、祖父。

 それぞれに謝罪の手紙を書き、机の上に置いた。


 
 まだ星が輝くうちに、蒼乃は家を出た。


 誰にも行き先を告げず、夜逃げ同然で山梨を去る。

 無謀な選択かもしれない。一人になることに不安がないわけではない。
 しかし、母となった蒼乃の決意は、岩のように固まっていた。


 外へ出ると、息が白い。

 蒼乃は、冷たい空気の中へと足を踏み出した。








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