隠し子が発覚したら『氷の宝石商』の独占欲に火がつきました~5年越しの執念で見つけ出され、逃げ場のない溺愛で囲い込まれています~
第6話:下町の宝石
「ママ、もう行っちゃうのー?」
息子、白河輝の大きな声が、朝の湿った空気に溶ける。
蒼乃は、仕事道具の入ったトートバッグを肩にかけ直し、四歳になった輝に向けて精一杯の笑顔を返した。
「うん、お仕事いかなきゃいけないからね」
五年前、夜逃げ同然で山梨を飛び出したあの日から、季節は何度も巡った。
一人きりの子育ては想像以上に慌ただしく、嵐のように過ぎていく。
朝は目覚まし時計の音と同時に飛び起き、輝の着替えと朝食の支度に追われ、自分の髪を振り乱しながら保育園まで走る。
園の玄関まで到着すると、今朝は久しぶりに、輝がぐずりそうな声を出した。
蒼乃は輝を抱きしめると、明るい声で言った。
「輝、先生のお話をよく聞くのよ」
「……うん」
「良い子でね、たくさん遊んでおいで」
「うん」
「帰ったら、何して遊んだかママに教えてね」
「うん。……ママ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます!」
身体を離し、息子の頭を撫でる。
小さな手を懸命に振る我が子に、蒼乃はもう一度手を振り返し、職場へと急いだ。
指先を濡らしながら石を磨く時間はもうない。
研磨機の振動音も、石の詰まった袋の匂いも、あの輝きも、もう見られない。
それでも、輝と健康に暮らせれば、それだけで幸せだった。