隠し子が発覚したら『氷の宝石商』の独占欲に火がつきました~5年越しの執念で見つけ出され、逃げ場のない溺愛で囲い込まれています~
昂輝の背中が遠ざかるのを見届けて、蒼乃は遮断していた息を、深く、苦しく吐き出した。
安堵が押し寄せるのと同時に、胸の奥を鋭い刃で突き刺されたような痛みが走る。
「どうしたの? 何かあった?」
店長が声をかける。
「あ、すみません。さっきケースに鍵を掛け直したか、急に心配になっちゃって。大丈夫でした」
「うん、ちゃんと締めてるところ、僕は見てたからね。心配性だなぁ白河さんってば」
今は、名前を呼んでほしくない。
声を潜めながら、蒼乃は店長を引き寄せる。何でもいいから、自分とは関係のない話をしてもらいたい。
「店長、えっと……いま通り過ぎた人は、有名人ですか? 皆さん、注目していたようですけれど」
店長は少し目を見開くと、楽しそうな声でこそこそと話し始める。
「白河さん、知らないの? あの人はね、御堂ジュエリーの御曹司だよ」
御堂昂輝という男の評価は、右肩上がりに高まっている。日本のジュエリー業界で知らぬ者がいないほどに。
感情を一切表に出さず、機械的に石の価値を見極め、価値をつける。
その審美眼は確かなもので、顧客からの満足度は高いという。
雇用もうまい。
セッティングが難しそうなルースもピタリと台座に配置し、研磨が難しいと言われる原石も美しく磨き上げる……そういう職人を何人も抱え込むのが、とにかくうまかった。
しかし、彼が宝石以外に興味を示すことはない。
ギャンブルも、女遊びのうわさもない。
氷の結晶のような完璧な美しさと冷たさを持ち、ひたすら仕事に打ち込む姿に、業界の人間たちは、畏怖を込めて『氷の宝石商』と噂している。
「完璧主義が過ぎて、自分で採掘しに行ったり、時々研磨もするらしいよ。いやぁ仕事熱心なのは結構だけど、ほかに人生で楽しいことは無いのかって感じだよねぇ」
店長の嬉々とした声が、耳から通り抜ける。
住む世界が違う。
遠い過去に、石の未来を愛おしそうに語っていた優しい瞳の男は、もうどこにもいない。
いや。初めからいなかったのだ。
自分が見ていたのは、信じた彼は、まやかしだった。
蒼乃は、手に持ったままのクロスを固く握りしめた。