隠し子が発覚したら『氷の宝石商』の独占欲に火がつきました~5年越しの執念で見つけ出され、逃げ場のない溺愛で囲い込まれています~
第11話:何か言って
「ママ、おっそいよー!」
お教室のドアを開けるなり、小さな肩を怒らせて頬をパンパンに膨らませた輝が、弾丸のように飛び出してきた。
小さな腕をぎゅっと組み、不満を全身で表現する息子を見て、白河蒼乃は思わず吹き出しそうになるのを堪える。
その場にしゃがみ込んだ。
「ごめんごめん。ちょっとだけお仕事頑張りすぎちゃった。お待たせ、輝」
きつく結ばれた帽子の紐を整えてあげると、輝はまだ少し尖らせた唇のまま、それでも嬉しそうに蒼乃の首に抱きついてくる。
夕暮れの柔らかな光が差し込む園内は、お迎えを待つ子どもたちの元気な声と、どこか楽しげな熱気に満ちていた。
昨夜、街灯の下で陽介から告げられた一言。
――「俺と、結婚しないか?」
実のところ、あの言葉が頭の芯をよぎり、どんな顔をして園の門をくぐればいいのか迷った。
こうして息子のまぶしい笑顔と賑やかな日常に触れると、張り詰めていた肩の力がふっと抜けていくのが分かる。
思った以上に、緊張していたらしい。
悩んでばかりもいられない。
今はただ、この愛おしい時間を大切にしようと、蒼乃は小さく胸の中で笑った。
「お疲れ様。今日も輝くん、すっごくお利口さんにして待ってたよ」
その時、教室の奥からいつもの声が、弾むように響いた。
エプロン姿の陽介が、爽やかな笑みを浮かべて二人の隣に歩み寄ってくる。
「今日の輝君は、苦手なにんじんさんを頑張って食べていました。あとは、お片付けもよくしたね」
陽介の大きな手が輝の頭を優しく撫でる。
輝は一瞬で機嫌を直し「ぼく、がんばった!」と胸を張った。
そんな二人のやり取りを見ながら、蒼乃は少しだけまぶたを下げる。
どうしても陽介の目を真っ直ぐに見ることができず、視線が泳いでしまう。言葉の端々もどこかぎこちない。
「輝くん、ロッカーにカバン取りに行ってきな」
陽介に促され、輝が「はーい!」と元気よく教室の奥へと走っていった。
子供の足音が遠ざかり、ドア付近に二人きりの静寂が訪れる。
蒼乃が居心地の悪さに身を縮めようとした瞬間、すぐ近くから陽介の囁き声が聞こえた。
「おい、普通にしてくれよ」
「え?」
驚いて顔を上げると、陽介は困ったように眉を下げて苦笑していた。
「昨日の話、気にしてるだろ」
「うん……だって気にするなっていう方が」
指先をきつく絡め合わせ、俯く蒼乃の手元を、陽介の温かい眼差しが包み込む。
彼は声をさらに落とし、諭すように語りかけた。
「言ったろ、ゆっくり考えてくれていいって。だから、普通に接してくれよ。俺は、いつまでも待つからさ」
「……うん、ありがとう」
陽介の言葉には、どこまでも深く、波一つ立てないような静かな決意が満ちている。
その温かさに救われながら、蒼乃は小さく息を吐き出した。