隠し子が発覚したら『氷の宝石商』の独占欲に火がつきました~5年越しの執念で見つけ出され、逃げ場のない溺愛で囲い込まれています~

 輝の身体が微かに震えている。

 
「病院へ……」


 いや、四十度だ。救急車の方が良いかもしれない。

 スマートフォンを掴み、ロックを解除する。


「あ……何番だっけ」


 手が震える。

 無意識に動いた指が、通話履歴を開く。画面に陽介の名前が浮かんだ。彼に助けてもらおうか。

 しかし、蒼乃はぴたりと動かなくなった。


 プロポーズの返事もまだ出していないというのに、こんな切羽詰まった時だけ、都合よく彼を頼っていいのだろうか。

 自責の念が、重い足枷となって蒼乃を縛りつける。


「……だめ。しっかりしなきゃ、私しかいないんだから」


 近所のかかりつけ小児科は、下町らしく、院長の家に併設されている。緊急時には夜間診療も受け付けてくれると評判だ。自力で連れて行った方が早い。

 蒼乃は唇を噛み、決意を固めた。






 ぐったりと、熱い輝の身体を、大判のタオルで手早く包み込む。

 蒼乃は必要なものを揃えると、我が子をしっかりと抱き、アパートの外へと飛び出した。


 寝ている四歳児の身体は、驚くほど重い。

 転ばないように気を付けながら階段を下りる。それだけで、息がすぐに上がり、夜の冷たい空気が肺を白く染めていく。

 視界が、みるみるうちに涙で滲んでいった。



 どうして、こうなってしまったのだろう。


 こんな時、一緒に焦ってくれる父親がいれば。一緒に走ってくれる誰かがいれば、どれだけ心強いだろうか。


 脳裏を掠めた「誰か」の顔は、陽介ではない。
 輝と同じ顔をした、彼だった。


 アパートの敷地から、広い道路へと出る。病院までは一本道だ。

 古ぼけた街灯の下まで差し掛かったとき、蒼乃は目を見開いた。



 光の輪のなかに、ぽつんと佇む影がある。


 仕立ての良い、濃いグレーのスーツ。

 再会した日と同じように、まるでそこから一歩も動いていなかったかのように、昂輝は、夜の闇に紛れて立っていた。


 

 足音が近づくことに気づいたのか、昂輝がゆっくりと顔を上げた。

 目が合う。

 彼の瞳が、涙で顔をぐしゃぐしゃにし、腕の中にぐったりとした子供を抱えて走ってくる蒼乃の姿を、鋭く捉えた。

 そして視線は、蒼乃の腕の中にいる小さな輝へと向けられた。


「あ、蒼乃……」


 昂輝の声が、これまでに聞いたことのないほどの激しい動揺をはらんで震えた。顔には、深い心配の色がにじむ。


 蒼乃は昂輝の胸元に飛び込むようにして、枯れかけた声を振り絞り、本能のままに叫んだ。


「お願い、助けて……!」
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