隠し子が発覚したら『氷の宝石商』の独占欲に火がつきました~5年越しの執念で見つけ出され、逃げ場のない溺愛で囲い込まれています~
大黒堂を出て、駅の方向へと歩きながら、蒼乃の足取りはどこか定まらなかった。
バッグのポケットに入れたスマートフォンが、かすかに重く感じられる。
山梨で昂輝と交わした、約束。
――輝くんの気持ちを第一に考えよう。
やり直したいと言ってくれた彼の言葉は、嘘偽りのないものだと信じられた。
水族館へ行く約束もしている。
三人の関係を深めることを考えれば、このまま東京にいる方が良い。
けれど、今の自分たちの生活はどうだろう。
狭い部屋で、アルバイトを掛け持ちしながら、暮らす毎日。
思い出すのは、祖父の言葉だ。
『こっちに、戻ってこんか』
下階の住民を気にせず走り回れる広い家。庭。
きっと輝は、今よりもずっと、のびのびと暮らせる。
出入りする、複数の職人たちと触れ合うのも、子供にとっては良い刺激になるだろう。
自分も、祖父の元へ戻れば、工房で働ける。
実のところ、大黒堂での鑑定の仕事をして良かったと、蒼乃は感じていた。
はじめは、少しでも宝石に関わりたくて、苦し紛れに始めた仕事だった。しかし、中古のジュエリーに使われる石を見るごとに、あることに気付く。
石は、受け継がれるものだ。
専門学校以来、研磨師として新しい石を磨き続けてきた。原石でしかない石を輝かせる、あの瞬間が好きだ。
しかし、石の価値や美しさは、新しさで決まるわけではない。
長年、大切に使われた石。
何代も過ごし、手放された石。
数十年も経ってから、ようやく箪笥から出てきた石。
大黒堂でたくさんの石に出会い、蒼乃は、その奥深さを知った。昔より、目利きが鋭くなったようにも思う。
今の自分が研磨師に戻ったら、どんな風に石を磨くだろうか。
考えただけで、手がうずく。
山梨へ戻り、もう一度石と向き合う生き方を選ぶことは、輝にとってだけでなく、自分にとっても、一番確かな幸せなのではないか。
しかし、その道を選べば、昂輝との距離は遠くなる。
穏やかな夕暮れの風が、住宅街の路地に吹き抜ける。
未来への小さな希望が、不安が、胸の中で形を変えようとしていた。