隠し子が発覚したら『氷の宝石商』の独占欲に火がつきました~5年越しの執念で見つけ出され、逃げ場のない溺愛で囲い込まれています~

第21話:悪意



「では、鍵は開いていたと」


 警察官の無機質な声が、狭い玄関に響いた。


「はい」
「何か、なくなったものはありますか?」
「現金が……多分、十万円ほどかと思います。その他は特に……通帳とハンコはありましたし、他に高価なものはありません」


 蒼乃は床に散らばった衣類や生活用品を見つめながら、掠れた声で答える。

 部屋の中は、単なる物取りによるものとは思えない、執拗な悪意に満ちていた。


 クローゼットから引きずり出された蒼乃の服は、刃物のようなもので無残に切り裂かれていた。
 
 棚から叩き落とされた食器類は粉々に砕け散り、冷蔵庫の扉は乱暴に開け放たれ、中身が床一面にぶちまけられている。


 物理的な被害の大きさ以上に、自分と輝のプライベートな空間を徹底的に汚されたという事実が、逃れようのない恐怖となって蒼乃の全身を支配した。

 声が震えそうになるのを、必死の思いで堪える。


 怖がっている場合ではない。一番恐ろしい思いをしたのは、輝だ。


 玄関先で待たせている我が子。
 あの子だけは絶対に、守らなければならない。

 蒼乃は爪が手のひらに食い込むほど拳を強く握りしめ、気丈に振る舞った。


「ママ」


 外の廊下から、不安げな輝の声が届く。蒼乃はすぐさま玄関のドアの隙間から顔を覗かせ、無理に作った笑顔を向けた。


「もう少しで終わるから、おじちゃんと待っててね」


 警察官の実効見分の邪魔にならないよう気をつけながら、蒼乃は部屋の隅で、辛うじて無事だった輝の服やおもちゃ、最低限の思い出の品を大急ぎでスーツケースに詰め込む。

 手が震え、ファスナーを上手くつまめない。


 荷物を抱えて玄関に戻ると、ぐずる輝を抱き、あやすようにそっと揺れる昂輝の姿があった。

 今日ほど、彼が居てくれてよかったと思った日はない。


「お待たせ」
「現場は警察に任せていいって。輝くんも疲れているから、とにかく出よう」


 昂輝は、促すように蒼乃の背中に手を添えた。


 昼間のサービスエリアでの誘拐未遂に続き、この変わり果てた自宅の惨状。

 何者かが、明確な悪意を持って自分たちを狙っている。

 このままこのアパートに留まることは危険すぎるし、気持ちの面でも受け入れがたい。


 蒼乃は、昂輝が静かに告げた『家に来て』という申し出を、ありがたく受け入れる事にした。








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