飼い猫モンブランの魔法
毛並みが良く、首輪も付けているので、野良猫ではなく飼い猫なのだろう。いったいどういう飼われ方をしたら、こんなふてぶてしい性格になるのだろうか。そう考えてから、翔太はふと、昔友人に言われた言葉を思い出した。
――お前さ、どういう育ち方をしたら、そんなオレ様思考ができるわけ? お前の家とかお前の親が持っているものは、お前自身が勝ち得たものじゃないだろ。パパとママから与えられただけで、お前自身は赤ちゃんみたいに何もしてないじゃん。お前自身が努力して手に入れたわけでもないものを、よくそんなふうに自慢できるよな。恥ずかしくないの?
あれはまだ、思春期真っ盛りで世の中を舐めていた頃のことだ。「舘石」ならばできないことはない、自分には力がある。そんなふうに、自分の努力で得たわけではないものを幼くも自慢げに思っていた、青臭い時期。
そんな自分の思考が世間と乖離していること、そしてひどく幼稚であることに気付かせてくれた友人のその言葉は、人生で一、二を争う忠言だ。
「ほら。お前に出せるものなんて、水しかねぇよ。ありがたく飲め」
洗面所からキッチンへ移動した翔太は、適当な平皿にペットボトルからミネラルウォーターを注いでやり、猫の目の前に差し出した。猫は待ってましたと言わんばかりに、のんびりと舌を付ける。
翔太はソファに腰掛けてテレビの電源を入れると、しばらくぼんやりとニュース番組を眺めた。しかし、ふと近付いてくる気配に目を細める。
「ニャァ」
飲み終えて満足したのか、猫は遠慮なしに翔太の膝の上に乗って、丸くなった。本当に図々しい。そう思いつつも、翔太は猫の背をなでた。整えられた長い毛並みの手触りは、思いのほか気持ちいい。猫もなでられて気持ちがいいのか、目を閉じて寝ようとする。
そんな猫を起こすように、翔太は猫の首輪をいじりだした。
「ニャー」
迷惑そうな鳴き声。しかし、翔太は構わない。首輪を少し回すと、目当ての文字を見つけた。猫の名前だと思われるその単語を、翔太は口にしてみる。
「モンブラン」
「ニャ……?」
「お前、モンブランっていうのか」
「ニャ~アァ」
そうですとも――猫のモンブランは、そう誇らしげに頷いているようだった。
名前はわかった。けれども、名前以外の文字が見当たらないことに、翔太は落胆した。名前だけでなく、飼い主の連絡先も書いておいてくれればいいものを。これでは、この猫の飼い主に連絡ができないではないか。
(猫が逃げるとは、想定していなかったのか)
翔太は動物に詳しくないが、猫という生き物は隙あらば脱走するような動物ではないのだろうか。せめて電話番号くらいは書いておくべきだろうと、翔太はモンブランの飼い主に嘆息する。
どこかの飼い猫、モンブラン。しかし、今はただの居候猫。さて、どうしたものか。
考えようとしたが眠気が襲ってきたので、翔太はモンブランに構わず寝室に向かい、電気を消すとさっさと寝入ってしまった。一緒に寝たいのか、モンブランが図々しくもベッドに乗ってきたので、翔太は仕方なく、ぬくい毛の塊を掛け布団の中に招き入れて、共に夢の中をたゆたうのだった。
◆◇◆◇◆
――二回目、少しだけ気になった。
翔太と居候猫モンブランの共同生活は、それからしばらく続いた。
最初は図々しく、未熟だった頃の自分のような猫だと思っていたモンブランだが、数日一緒に過ごしているうちに、実はかなりおっとりとした猫であることに気が付いた。水を飲むのも、翔太がしぶしぶ買ってきたキャットフードを食べるのも、やけに遅い。歩くのも遅いし、走るモンブランを見たのは、最初の夜に玄関からリビングへダッシュした時ぐらいだろう。モンブランの天性の性格がおっとりしているのか、あるいはかなり老いているのかもしれない。
そんなとりとめのないことを考えながら、モンブランの背をなでる日々が続く。ただ仕事に行って帰ってくるだけの翔太にとって、それは癒やしの時間だった。だから、「きっと飼い猫だろうから、モンブランの主人を探さなければ」と思ってはいても、なかなか行動に移せずにいた。
モンブランを家に招いてから二回目の金曜日の夜。その日も仕事が遅くなり、翔太は日付変更目前という時間に、マンションへの道を歩いていた。
すると、モンブランが家に上がり込んできた日と同様に、懐中電灯を手に持ってあちこちをうろつく人影を見つけた。さすがに二回目ともなれば多少は気になり、何者なのかと、翔太はその人影をしばらく観察する。不審者ならば、今度は警察に連絡を入れようと思った。
暗闇の中、懐中電灯を左右に向け、何かを探す人影。その影が電灯の下に来た時、それが思っていたよりも若い女性であることがわかった。
財布でも落としたのだろうか、女性は黙々と何かを探している。電灯が照らすその横顔はとても頼りなく、今にも泣きだしそうな表情だった。
声をかけるべきか、翔太は迷った。こんな夜遅くに若い女性が探し物など、非常識もいいところである。昼間に探せばよいではないか。懐中電灯まで用意して、そんなに大切なものなのか。次から次へと疑問が浮かぶ。しかし、疲れている足はそれらの思考など関係ないと言わんばかりに、なんの迷いもなくマンションに向かっていた。
見知らぬ女性が探しているものなど、自分には関係ない。そう自分に言い聞かせて、部屋の電気をつける。すると、いつもならまったりとくつろいでいるはずのモンブランが、やけにせわしなく鳴いていた。
「ニャアァ……ニャァ……ニャーニャー」
「なんだよ、飯ならちょっと待て」
「ニャーニャー」
――お前さ、どういう育ち方をしたら、そんなオレ様思考ができるわけ? お前の家とかお前の親が持っているものは、お前自身が勝ち得たものじゃないだろ。パパとママから与えられただけで、お前自身は赤ちゃんみたいに何もしてないじゃん。お前自身が努力して手に入れたわけでもないものを、よくそんなふうに自慢できるよな。恥ずかしくないの?
あれはまだ、思春期真っ盛りで世の中を舐めていた頃のことだ。「舘石」ならばできないことはない、自分には力がある。そんなふうに、自分の努力で得たわけではないものを幼くも自慢げに思っていた、青臭い時期。
そんな自分の思考が世間と乖離していること、そしてひどく幼稚であることに気付かせてくれた友人のその言葉は、人生で一、二を争う忠言だ。
「ほら。お前に出せるものなんて、水しかねぇよ。ありがたく飲め」
洗面所からキッチンへ移動した翔太は、適当な平皿にペットボトルからミネラルウォーターを注いでやり、猫の目の前に差し出した。猫は待ってましたと言わんばかりに、のんびりと舌を付ける。
翔太はソファに腰掛けてテレビの電源を入れると、しばらくぼんやりとニュース番組を眺めた。しかし、ふと近付いてくる気配に目を細める。
「ニャァ」
飲み終えて満足したのか、猫は遠慮なしに翔太の膝の上に乗って、丸くなった。本当に図々しい。そう思いつつも、翔太は猫の背をなでた。整えられた長い毛並みの手触りは、思いのほか気持ちいい。猫もなでられて気持ちがいいのか、目を閉じて寝ようとする。
そんな猫を起こすように、翔太は猫の首輪をいじりだした。
「ニャー」
迷惑そうな鳴き声。しかし、翔太は構わない。首輪を少し回すと、目当ての文字を見つけた。猫の名前だと思われるその単語を、翔太は口にしてみる。
「モンブラン」
「ニャ……?」
「お前、モンブランっていうのか」
「ニャ~アァ」
そうですとも――猫のモンブランは、そう誇らしげに頷いているようだった。
名前はわかった。けれども、名前以外の文字が見当たらないことに、翔太は落胆した。名前だけでなく、飼い主の連絡先も書いておいてくれればいいものを。これでは、この猫の飼い主に連絡ができないではないか。
(猫が逃げるとは、想定していなかったのか)
翔太は動物に詳しくないが、猫という生き物は隙あらば脱走するような動物ではないのだろうか。せめて電話番号くらいは書いておくべきだろうと、翔太はモンブランの飼い主に嘆息する。
どこかの飼い猫、モンブラン。しかし、今はただの居候猫。さて、どうしたものか。
考えようとしたが眠気が襲ってきたので、翔太はモンブランに構わず寝室に向かい、電気を消すとさっさと寝入ってしまった。一緒に寝たいのか、モンブランが図々しくもベッドに乗ってきたので、翔太は仕方なく、ぬくい毛の塊を掛け布団の中に招き入れて、共に夢の中をたゆたうのだった。
◆◇◆◇◆
――二回目、少しだけ気になった。
翔太と居候猫モンブランの共同生活は、それからしばらく続いた。
最初は図々しく、未熟だった頃の自分のような猫だと思っていたモンブランだが、数日一緒に過ごしているうちに、実はかなりおっとりとした猫であることに気が付いた。水を飲むのも、翔太がしぶしぶ買ってきたキャットフードを食べるのも、やけに遅い。歩くのも遅いし、走るモンブランを見たのは、最初の夜に玄関からリビングへダッシュした時ぐらいだろう。モンブランの天性の性格がおっとりしているのか、あるいはかなり老いているのかもしれない。
そんなとりとめのないことを考えながら、モンブランの背をなでる日々が続く。ただ仕事に行って帰ってくるだけの翔太にとって、それは癒やしの時間だった。だから、「きっと飼い猫だろうから、モンブランの主人を探さなければ」と思ってはいても、なかなか行動に移せずにいた。
モンブランを家に招いてから二回目の金曜日の夜。その日も仕事が遅くなり、翔太は日付変更目前という時間に、マンションへの道を歩いていた。
すると、モンブランが家に上がり込んできた日と同様に、懐中電灯を手に持ってあちこちをうろつく人影を見つけた。さすがに二回目ともなれば多少は気になり、何者なのかと、翔太はその人影をしばらく観察する。不審者ならば、今度は警察に連絡を入れようと思った。
暗闇の中、懐中電灯を左右に向け、何かを探す人影。その影が電灯の下に来た時、それが思っていたよりも若い女性であることがわかった。
財布でも落としたのだろうか、女性は黙々と何かを探している。電灯が照らすその横顔はとても頼りなく、今にも泣きだしそうな表情だった。
声をかけるべきか、翔太は迷った。こんな夜遅くに若い女性が探し物など、非常識もいいところである。昼間に探せばよいではないか。懐中電灯まで用意して、そんなに大切なものなのか。次から次へと疑問が浮かぶ。しかし、疲れている足はそれらの思考など関係ないと言わんばかりに、なんの迷いもなくマンションに向かっていた。
見知らぬ女性が探しているものなど、自分には関係ない。そう自分に言い聞かせて、部屋の電気をつける。すると、いつもならまったりとくつろいでいるはずのモンブランが、やけにせわしなく鳴いていた。
「ニャアァ……ニャァ……ニャーニャー」
「なんだよ、飯ならちょっと待て」
「ニャーニャー」