一夜のあと、君に溺れる
宮越家の玄関を開けると、料亭に似たお出汁の香りがふわっと鼻を抜けた。

「こんばんは。お邪魔し――」

「ああ、桜子ちゃんいらっしゃい」

「上がって上がって〜」

きちんとご挨拶したいのに、なぜかいつも最後まで言えない。でもそれも、宮越家の温かさのひとつなのだろう。いつも快く迎えてもらえて、とてもありがたいことだ。

「桜子ちゃん、仕事終わったばかりでしょう? 夕飯食べていきなさいよ」

「えっ、いいんですか?」

「いいわよ。大ちゃんが作ってくれるって」

「母さんが作るんじゃなかったの?」

「お味噌汁は作ったわ。あとは任せた」

「あ、じゃあ私も手伝いま――」

「いいから、いいから。大ちゃんに任せておきましょ。私たちはおしゃべりして待ってればいいのよ」

あれよあれよという間に、お母さんに背中を押されて、リビングのソファに座らされた。いいのかなと思って大ちゃんを見るけれど、「いいよ、ゆっくりしてて」と頷いてくれる。

リビングにはご家族お揃いで、少しばかり緊張するけれど、宮越家はいつも私を温かく迎えてくれるから、この優しい空間が好きだったりする。

でも今日は、ちゃんとお詫びをしなくてはと思って来たのだ。決して夕飯目当てではない。私は背筋をピンと正す。

「あの、皆様、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

深々と頭を下げると、穏やかだった空気が少しばかりピンと張り詰めた。だけどそんなのは一瞬だけで――

「もー、いいのいいの。桜子ちゃんが無事で本当によかったわよ」

「かなりピンチだったらしいじゃないか。杏子が塩撒いたって言っていたよ」

「杏子ちゃんに塩持たせて正解だったわ」

「ばあさん、厨房来ていきなり塩を出せとか言うから、何事かと思ったよ」

ガッハッハと豪快に笑う宮越家。大ちゃんを危険に晒したし、料亭のお仕事にも迷惑をかけた。杏子さんも清島先生も駆けつけてくれたし、責められても良いはずなのに。
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