一夜のあと、君に溺れる
「お気持ちは理解できます。ご家族の歴史や責任を背負ってこられたこと、そして桜子さんへの深い愛情があるからこそのお言葉だと思います。ただ、私は医師ではありませんし、家業を継ぐこともできません。それでも、桜子さんと共に生きていきたいという気持ちは揺るぎません」

「お父さんお母さん、私も同じ気持ちです」

母は穏やかに頷き、チラリと父に視線を送る。
父はますます眉間にしわを寄せて、深い息を吐いた。

「君たちの気持ちはわかった。大福くんが桜子のことを真剣に考えてくれているのも伝わった。だが、私にも譲れない想いがあって、今すぐに結論を出すことができない。この話は、時間をかけて慎重に考えさせてもらいたい」

「ありがとうございます。時間をかけて考えていただけることに感謝します。どうか、これからもお話をさせてください」

「ああ、そうだな」

「お父さん、ありがとう」

「うむ……」

納得しきれない様子ではあったけれど、父は父なりに一歩、譲ってくれたのだと思う。拒絶を覚悟していた分、父のその言葉の裏にある葛藤と配慮が胸に染みた。すべてが解決したわけではないけれど、少なくとも、対話の扉は閉ざされなかった。それだけで、今は十分だと思える。

「さあ、せっかくだから大福くんが持ってきてくれた大福をいただきましょう」

うふふ、と母が笑いながら大福を差し出してくれる。その優しい笑みと甘い香りに包まれた真っ白で柔らかな大福が、張り詰めていた空気をふわりとほどいていく。母はきっと、父の気持ちも私の気持ちも、理解してくれているのだろう。だからこそ、どちらの味方もせずに、黙って話を聞いていたのだ。

ぱくっと大福を口にする。
なめらかで蕩けるような求肥に、頬が落ちそうになった。

「大ちゃん、この大福すごく美味しい」

「うん、これは美味い」

「喜んでもらえてよかったです」

「大福くん、今度お店に連れて行ってもらえない?」

「もちろん、お連れしますよ。花影堂といって大福以外にも美味しい和菓子がたくさんあって――」

「お母さんずるい。私も行くから」

笑い声がぽつぽつと広がって、さっきまでの緊張が嘘のように部屋の空気をあたためてくれる。大ちゃんの気持ちと大福の優しい甘さが、父との心の距離を近づけてくれた気がした。まだ心の奥に燻りは残っているけれど、それでもこうして笑い合える時間を持てたことが、ただただ嬉しく思った。
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