一夜のあと、君に溺れる
何杯か日本酒をいただいて、お料理も堪能した。それなのに、父はまだ来ない。約束の時間はとうに過ぎていて、店内の時計の針が静かに進むたびに、不安がじわじわと胸に広がっていく。急患だから遅くなるのは仕方がないとはいえ、このまま高崎先生と二人でいるのも何だか忍びない。

ふと、大ちゃんの顔が思い浮かんだ。

大ちゃんはきっと仕事中。それなのに、私は高崎先生と二人っきりでお酒を酌み交わしている。たとえそれがお見合いを断るための場であっても、大ちゃんにちゃんと連絡してあることであっても、やるせない気持ちになった。

父が来ないのならば、早々に切り上げてもいいはずだ。テーブルの上には、飲みかけの日本酒と食べかけの料理。これを食べ終わるまでに父が来なかったら帰ろう、うん、それがいい。

「ああ、そういえば。こんな事を言ってはなんですが、桜子さんの恋人はまだ未練があるようで」

「え、未練ですか?」

「そう、元カノにね」

「え……」

ドクン、と胸がざわつく。そんなことないって思いたいのに、実花さんのことが思い出された。

――私、大ちゃんとやり直したいんです

そうやって、私に訴えかけた実花さんの姿や声は鮮明に覚えている。大ちゃんは、実花さんとちゃんと話をするからと言ってくれた。でも私は、言わないでほしい、会ってほしくないとお願いした。

それっきり、私たちの間で実花さんの話題は出ていない。ただ、大ちゃんが私に内緒で連絡を取っていたなら、話は別だけど。

知らないところで実花さんと会っていたら?
連絡を取り合っていたら?

いやいや、大ちゃんは誠実だもの。そんなことしない。そうだよね……?

そんなことをぐるぐる考えていると、カバンの中でスマホが着信を知らせていた。ハッとなって慌ててスマホを取り出すと、大ちゃんとお揃いのストラップが衝撃でくるくる揺れる。

急にドクンと心臓が嫌な音を立てた。

「どうされました?」

「あ、すみませんがちょっと電話をかけてきます」

「わかりました」

断りを入れてから席を立つ。一旦店の外に出て電話をかけ直そうとするも、先にまた電話が鳴り出した。表示名は【宮越大福】、大ちゃんだ。
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