一夜のあと、君に溺れる
「もしもし?」

『さーちゃん。今どこ?』

「えっと、まだ高崎先生といて……でももう少ししたら帰るから」

大ちゃんはどこから電話をかけてきたのだろう。後ろのざわめきが、何だか屋外のような気がするけれど。それに、かすかに「大ちゃん」と呼ぶ女性の声が聞こえた気がした。空耳かしら……? まさか、実花さんじゃないわよね?

ドクンドクンと心臓が脈打つ。大ちゃんのことを信じているはずなのに、高崎先生があんな事を言うから、不安な気持ちが渦巻いてしまう。

『お父さんは?』

大ちゃんの訝しげな声に、はっと我に返った。実花さんのことも気になるけれど、今は私も高崎先生といるのだ。どちらかというと私の方が誠実さに欠ける。

「それが、急患があったみたいでまだ来られないの」

『え、二人っきりなの』

そう言われて、ひときわ大きく心臓がビクついた。そうだ、私はずっと高崎先生と二人きりだった。父が来ないからというのもあるけれど、こんなの大ちゃんを騙しているみたいで気が引ける。

「……今のところは」

『ねえ、それ騙されてない?』

その一言が、まるで冷たい水を浴びせられたかのように、私の心をざわつかせる。

「え……そんなこと、ないと思うけど」

言いながら、喉の奥がひりついた。
騒ぎ出した心臓も、警鐘を鳴らすかのように音を立てる。

騙されてる?
高崎先生に?
まさか、そんなはずはないよね?

だって、高崎先生はまっすぐに気持ちを向けてくれて、とても穏やかで優しい。今日だってとても紳士的で、何も嫌なところはないのだけど。

どちらかというと、そんな優しい高崎先生と二人きりで食事をしてしまっている私の方が、大ちゃんに対して騙している状態だ。

だからといって後ろめたいことは何もないはずなのに、心苦しい。胸がズキリと痛む。
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