一夜のあと、君に溺れる
「なんで今さらよりを戻そうとしているの? 俺の家柄が気に入らないって、去って行ったのは実花の方だよね? そういう主張が矛盾しているってわからない?」

実花はフルフルと首を横に振る。綺麗に巻かれた髪が弾むように揺れた。そして、突拍子もなく俺の胸に飛び込んでくる。軽い衝撃と共に受け止めたけれど、当然実花を抱きしめることはできない。

「それは違うの。私、勘違いしていたのよ」

「勘違い?」

「大ちゃんがちゃんと教えてくれなかったもの。料亭宮こしが、明治時代から続く老舗だって」

確かに俺は料亭の歴史を実花には話さなかったかもしれない。話す必要性も感じていなかった。あえて話す必要があったのかどうか、どちらが正解だったのか、それはわからない。俺にとって「宮こし」は、大切な実家であり職場であり、誇るべき場所だ。だけどそれを声高に語ることに、どこか抵抗があった。

実花にそれらを包み隠さず伝えなければいけなかったのだろうか。結婚するならば、なおさら伝えるべきだったのかもしれないけれど、今となってはもう後の祭りだ。

俺はただ、肩書や家柄じゃなく、お互いの価値観があえばそれでよかった。目の前の景色を見て、一緒に笑い合える、そういう関係を望んでいた。

でも、実花は違ったみたいだ。言葉にしなかったことが、こんな形で返ってくるなんて、その事実を改めて突きつけられた気がした。

実花の肩を掴んで、俺の胸から乱暴に引き剥がす。俺がそんなことをしたことに、実花はありえないといったような驚いた表情をした。

「それを知ったからよりを戻したくなった? それって家柄ってことだろ?」

「違うわ。私は大ちゃんのことが好きだもの。だから――」

なおも訴えかけてくる実花の背後から、「おや、実花ちゃん?」と声がかかる。ぎょっとしてそちらを見やれば、祖母が箒を持って立っていた。
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