一夜のあと、君に溺れる
「……なんだ、これ」

「わからないかい? 実花が俺の言うことを聞く証拠だよ。君に復縁を迫ったのも俺の指示。まあ、本人も乗り気だったけどね。料亭宮こしが明治時代から続く老舗で、歴史深い価値あるものだと教えたら、目の色を変えて飛びついてきたよ」

頭が混乱する。ずっと、さーちゃんとの距離が近づくたびに、実花が割り込んでくるような気がして、苛立ちを感じていた。でも実花は、高崎に脅されて、気持ちを利用されていたんだ。

「……最低だな、お前」

「最低? それは褒め言葉かな?」

感情の色が全く見えなかった。月明かりに照らされた高崎の顔から表情がなくなる。口元だけが不気味に歪んだ。

「俺は欲しいものを手に入れる。桜子も、理事長の座も。君は邪魔でしかないよ」

もう、これ以上会話しても無駄だと思った。この男に理屈は通じないのだ。とにかくさーちゃんを安全な場所に運びたい。守ることが最優先だ。

「今の会話、すべて録音してるからな」

短く告げると、高崎の顔が一瞬怯む。だけど次の瞬間、目の前をヒュッという風を切る音とともに、銀色の何かが過った。さーちゃんを庇いながら体を反らすと、さーちゃんと共にバランスを崩してその場に尻餅をつく。

高崎の手には、銀色に怪しく光るナイフがあった。

「君はここで事故に遭う、というストーリーだよ」

高崎の声は静かで、逆にその淡々としたやり取りが不気味さを増す。ナイフの刃が街灯の明かりを反射して、ギラリと鈍く光った。

俺はさーちゃんを庇うので精一杯。ナイフはそれほど大きいものではない。とりあえず刺されておいて、その間にさーちゃんを地面に下ろして……などと頭の中でシミュレーションする。どんな状態でも、さーちゃんさえ護れたら、本望だと思った。

高崎がナイフを振り上げる。
その瞬間――
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