翡翠の一輪花【完】
「……帰ったんじゃなかったの」
「帰りましたよ?」
「じゃあなんで」
「葵様に送ってもらったあと、やっぱり翡翠さんともっと話したくなっちゃって!」
悪びれた様子ゼロ。
むしろキラキラしている。
………なんというか、
「……自由すぎる」
「よく言われます!」
全然反省していない返事に、思わず小さく息が漏れる。
花梨は慣れた様子で服を脱ぐと、そのまま隣へ入ってきた。
「はぁ〜……広い〜!」
ばしゃ、と湯が揺れる。
……近い。
距離感が近い。
「……花梨」
「はい?」
「普通、婚約者がいる男の昔馴染みに、こんな距離で来る?」
「?」
きょとん、とした顔。
本当に意味が分かっていない顔だった。
「だって翡翠さん、すごく優しいですし」
「……それ関係ある?」
「あります!」
即答。
「それに、葵様が翡翠さんの話するときだけ、ちょっと違うんです」
「……え」
思わず動きが止まる。
花梨は湯船に顎まで浸かりながら、のんびり続けた。
「なんていうか……すっごく安心した顔するんですよね」
その一言が、静かに胸へ落ちる。
湯の熱とは違う熱が、じわっと広がった。