翡翠の一輪花【完】


「……帰ったんじゃなかったの」

「帰りましたよ?」

「じゃあなんで」

「葵様に送ってもらったあと、やっぱり翡翠さんともっと話したくなっちゃって!」


悪びれた様子ゼロ。
むしろキラキラしている。

………なんというか、


「……自由すぎる」

「よく言われます!」


全然反省していない返事に、思わず小さく息が漏れる。

花梨は慣れた様子で服を脱ぐと、そのまま隣へ入ってきた。


「はぁ〜……広い〜!」



ばしゃ、と湯が揺れる。


……近い。
距離感が近い。


「……花梨」

「はい?」

「普通、婚約者がいる男の昔馴染みに、こんな距離で来る?」

「?」


きょとん、とした顔。
本当に意味が分かっていない顔だった。


「だって翡翠さん、すごく優しいですし」

「……それ関係ある?」

「あります!」


即答。


「それに、葵様が翡翠さんの話するときだけ、ちょっと違うんです」

「……え」


思わず動きが止まる。

花梨は湯船に顎まで浸かりながら、のんびり続けた。


「なんていうか……すっごく安心した顔するんですよね」


その一言が、静かに胸へ落ちる。

湯の熱とは違う熱が、じわっと広がった。


< 13 / 32 >

この作品をシェア

pagetop