翡翠の一輪花【完】
「……安心、って」
「はい!」
花梨は嬉しそうに頷く。
「葵様って、普段あんまり感情出さないじゃないですか。でも翡翠さんの話になると、ちょっと雰囲気変わるんです」
「……」
「だから、翡翠さんは、葵さまにとってきっとすごく大事な人なんだろうなーって!」
……悪意なんて、ひとつもない。
ただ思ったことをそのまま口にしているだけ。
それなのに、胸の奥が妙にざわつく。
「だから、翡翠さんはきっといい人なんですっ」
どう返事をしたらいいのか分からなくて、曖昧に視線を逸らした、そのとき。
「あ、そういえば!」
花梨がぱっと顔を上げる。
「翡翠さん、聞きました?」
「……何を?」
「ついこの間、葵さまが正式に若頭に任命されたんです!」
「……え」
思わず、声が止まった。
「すごいですよね! もともと“次の若頭だろう”ってずっと言われてましたけど、正式に決まったのは最近なんですよ!」
花梨は嬉しそうに続ける。
でも、その言葉が頭にうまく入ってこない。
――正式な、若頭。
知らなかった。
そんな大事なことを、自分は何も。
「組のみなさんもすっごく喜んでて! 葵さま、めちゃくちゃ忙しそうですけど……」
花梨の声が、ぼんやりと少し遠く聞こえる。
───五年。
その間に、葵はちゃんと前に進んでいた。
みんなに認められて。
組を背負う立場になって。
………なのに、自分は。
(……何、してたんだろ)
胸の奥が、静かに沈んでいく。
嬉しいはずなのに。
誇らしいはずなのに。
………どうしてこんなに、苦しいんだろう。
「翡翠さん?」
花梨の声で、はっと我に返る。
「あっ、ご、ごめん……」
「大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込まれて、慌てて笑みを作った。
「……うん。ちょっとびっくりしただけ」
それは、半分だけ本当だった。
半分、は………。