翡翠の一輪花【完】
EP.3 届かない距離
***


お風呂から上がった後───私は中庭に面している縁側に来ていた。


秋の夜風が、火照った頬をゆっくり撫でていく。
ひんやりしていて、気持ちいい。


庭を見渡せば、昔と変わらない景色が広がっていた。

丁寧に整えられた木々に、静かな池。
淡く照らす月明かり。


五年も離れていたはずなのに、ここだけは時間が止まったみたいだった。



「……変わってないな」


小さく呟いて、空を見上げる。


でも、本当は分かっている。
変わっていないわけじゃない。

組も。
みんなも。

――葵も。



”正式な若頭”

その言葉が、まだ胸の奥に引っかかっていた。

知らなかった。
そんな大事なことすら、自分は何も。



(ほんと、こんな自分がイヤになる………)


変わりたい。
イチからやり直したい。

…………対等な立場として、葵の隣にいられるような人間に。



そうしたら、この行き場のない気持ちも────。









そんなことを考えていると、不意に背後から足音が近づいてきた。


────静かな足音。
でも聞き慣れた気配に、胸が小さく跳ねる。



「……翡翠?」

低い、けれどどこかに優しさを孕んだ声。

振り返ると、そこには葵が立っていた。


月明かりに照らされた黒い髪と、真っ直ぐこちらを見る瞳。

昔よりずっと大人びているのに、その目だけは変わっていない気がした。



「……葵」

「こんなところで何してんだ」

「ちょっと風に当たりたくて」

「……そっか」


葵はそれ以上聞かず、私の隣へ腰を下ろした。


静かな沈黙が落ちる。
……でも、不思議と居心地は悪くない。

隣から伝わる体温に、少しだけ肩の力が抜けていく。


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