翡翠の一輪花【完】



「……そうだ、葵」


さっきまでの空気を誤魔化したくて、私はわざと軽い声を出した。


「……正式に、若頭になったんだってね」


───その瞬間。
葵の表情がぴたりと固まった。


「……は?」

「え……?」


思わず瞬きをする。

予想していた反応と違った。
驚いたような、焦ったような顔。



「なんで、それを翡翠が知ってんだ」

「なんでって……」



胸の奥が、少しざわつく。


……私、知っちゃいけなかったの?

ただ、おめでとうって言いたかっただけなのに。



「誰から聞いた」

「……花梨」


その名前を出した瞬間、葵が深く眉を寄せる。


「あいつ……余計なことを」



小さく吐き捨てるみたいな声。
その言い方が、チクッと胸に引っかかった。


「……何、それ」


自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。
葵が、ハッとしたようにこちらを見る。



「私、知っちゃいけなかった?」

「……違ぇよ」

「じゃあなんでそんな反応するのよ」


言葉が止まらない。

ずっと胸の奥に溜まっていたものが、少しずつ溢れていく。



「私が、一番に応援してたのに」


ぽつりと落ちた声は、自分でも情けないくらいに震えていた。


「あの時、二人で、上を目指そうって約束した時から………」


胸の奥が熱い。
……嬉しいはずなのに、苦しい。


「ちゃんと若頭になってて………夢を叶えてて、ほんとは、すごく嬉しかった」


私は、誰よりも知ってる。

葵がどれだけ努力してきたか。
どれだけ必死に組を背負ってきたか。


……一番近くで葵を見てきた、私だから。



「なのに、私……何も知らなかった」


自分の口から漏れたその一言で、五年という時間が急に重くのしかかる。


知らないことばかりだった。

葵が正式に若頭になったことも。
花梨みたいな存在が隣にいることも。



────自分がいない間に、葵が前へ進んでいたことも。


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