翡翠の一輪花【完】
「───翡翠」
「……ごめん」
私は、小さく俯いた。
「八つ当たり、した………」
困らせたいわけじゃない。
こんな空気にしたいわけでもない。
………ただ、自分が思っていたよりずっと置いていかれていたことが苦しかった。
これ以上ここにいたら、たぶん泣く。
もっと、傷つく────。
そう思って、逃げるみたいに立ち上がった。
「……部屋、戻るね」
その瞬間───。
「行くな」
ぐいっと、強く腕を引かれた。
そして───。
「っ……!」
気がつけば、私は強く抱きしめられていた。
広い胸の中に閉じ込められて、息が詰まる。
「……葵、離して」
「無理」
即答だった。
いつもとかわらない低い声なのに、どこか必死さを含んでいて。
「もう、俺の前からいなくなるな」
まるで、私を繋ぎとめようとしているような───
………そんな声が、さっきの光景と重なった。
”もう、俺の前からいなくならないで”
そういってこぶしを握り締めた、紺に。
「………」
心臓が痛いくらいに鳴る。
葵の腕に力が入る。
まるで………本当に、私がまた消えると思っているみたいに。
「また急にいなくなんのかと思った」
………掠れた声。
その一言で、胸の奥がぎゅっと痛いくらいに締め付けられる。
――あぁ、この人。
まだ怖いんだ。
私がいなくなったこと。
きっと、ずっと。
「……ごめ」
そう、言いかけた瞬間。
ぐい、と乱暴に顎を持ち上げられて───
「───っ」
ふわり、と。
唇に、やわらかい感触が落ちた。