翡翠の一輪花【完】
EP.4 知らなかった気持ち
朝食のあと、なんとなく部屋へ戻る気になれなくて、私はひとり廊下を歩いていた。
窓の外では、風に揺れた木々がさらさらと音を立てている。
静かな朝。………なのに、胸の奥だけが、ずっと落ち着かなかった。
昨夜のことを思い出すたび、心臓が変に騒ぐ。
――キス。
思い出した瞬間、一気に顔が熱くなる。
「……っ」
唇に触れた熱を思い出して、慌ててブンブンと顔をふる。
………あれはどういう意味だったんだろう。
その場の、勢い……?
それか、寂しかっただけ……?
それとも――
(ああ、イヤだな…………)
どのみち、葵には私への感情なんてないのに。
心の奥底で……どこか、期待してしまっている自分がいた。
「……って私、何考えてるんだろう」
胸に芽生えた、淡い期待を消し去るように、歩くスピードを速めた……その時だった。
「か…ん、だ……ら………ん…な」
不意に、聞き慣れた低い声が耳に届いた。
……葵?
ぴたり、と足が止まる。
少し先の部屋。
耳を澄ますと閉じられた襖の向こうから、微かに二人の話し声が聞こえてきた。
「だって私、うれしくって……!!」
花梨の明るい声。
その瞬間、胸の奥がちくりと痛む。
(……話って、なんだろう。)
悪いと思いながらも、足が動かない。