翡翠の一輪花【完】
いつも通り穏やかな声。
………なのに、どこか挑戦的だった。
「それ、お前に関係あんのか」
「……あるよ」
静かな声。
けれど、一歩も引かない。
「翡翠が傷ついていたら、それを癒す───それが、俺の仕事だから。」
「――っ」
胸が、大きく跳ねる。
その言葉に反応したのは、
たぶん私だけじゃなかった。
葵の空気が、一瞬で変わる。
───冷たい。
さっきまでの空気とは明らかに違う。
「……紺」
低く落ちた声に、思わず息を呑む。
――やだ。
この空気……二人がぶつかる。
────そう思った瞬間。
「……やめて」
掠れた声が、静かな廊下に落ちた。
二人の視線が、同時に私へ向く。
「お願いだから……今は、放っておいて」
これ以上、優しくしないで。
これ以上、苦しくさせないで。
………そう言えたらよかったのに。
喉が詰まって、うまく声にならなかった。
胸の奥がぐちゃぐちゃに絡まって、どれが正しい感情なのかも分からない。
ただ一つだけ分かるのは――
このままここにいたら、壊れてしまうということだけだった。
「…………翡翠、」
葵の声が、すぐ近くで落ちる。
いつもの命令でも、冷たさでもない。
ただ、届いてほしいみたいな声。
その声に、ほんの一瞬だけ心が揺れた。
――だめ。
これ以上、聞いたら。
その優しさに、また戻りたくなる。
そっと伸びてきた葵の手が、あと少しで触れそうになった、その瞬間。
気がついたら私は、走り出していた。