大槻くんの唇はイジワル
 大槻くんは私に背を向け、いつも通りの涼しい顔でフロアに入っていく。
 残された私は、その場から動けずにいた。
 心臓がうるさい。

 ――いや、違う。これは違う。
 この心臓の高鳴りは、恋なんかじゃない。

 大槻くんの唇が気になるのは、完璧な美に惹かれているだけだ。彼のキスを拒めないのも、貴重な芸術品を保護したいと思うようなもので、決して恋愛感情ではない。

 だって、年下のイケメンを好きになっても、苦労するだけだ。私だけが振り回されて、もてあそばれて、捨てられる。そんな結末が目に見えている。

 だから……。

「ドキドキするな」

 私はひとり立ち尽くし、そう自分に言い聞かせた。


 


◇◇◇


 


 その日の仕事終わり。居酒屋の賑やかな個室で、私はグラスを片手にぽつんと座っていた。

 少し離れた席では、大槻くんを囲うように女性社員たちが集まっている。
 みんな彼に気に入られようと必死にアピールしてるのに、大槻くんは相変わらず淡々とした態度で、お酒を口に運ぶだけ。

 愛想笑いもなく、テンションも変わらない。あんなにあからさまな好意を寄せられているのに、まるで興味がなさそうだ。

 その様子を遠くから眺めていると、「飲んでますか?」と声をかけられた。
 振り向くと、今回の飲み会の幹事で大槻くんと同期の成田くんが立っていた。

「あ、うん。飲んでるよ」

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