不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった
第67章 箱の中に眠っていたもの
翌日。
アリスは昼食を終えたあと、前日に荷物が運び込まれた空き部屋へと足を運ぶ。
部屋にいるのは、アリス、リリス、クララ、イメルダ、そして今日から屋敷勤務に入ったダリアだった。
ダリアは、アリスを迎えるにあたって女性使用人を増やすことにしたウィルから声をかけられ、週に一度だけ屋敷で働くことになっていた。
「結構ありますね」
ダリアが積まれた箱を眺めながら言う。
「まだこんなにあったのね……」
アリス自身も驚いていた。
衣類、本、小物。
一つずつ仕分けをしていく。
やがてリリスが大きめの箱を開けた。
「……あら」
その中を見て、リリスが懐かしそうな表情を浮かべる。
「どうしたの?」
アリスが覗き込むと、中に詰まっていたのは色とりどりの手芸品だった。
刺繍を施した布小物、編み物、パッチワークの敷物、小さなぬいぐるみ、髪飾りなど、様々なものがぎっしりと詰まっている。
イメルダはいくつか手に取り、眺めていた。
「全て、アリス様がお作りになったんですか?」
「えぇ」
さらに別の箱を開けると、そこからも手芸品が出てきた。
「たくさん作られたのですね」
クララまで珍しく驚きを隠せずにいた。
アリスは恥ずかしそうに笑った。
「十代の頃から趣味で作っていたものが、溜まってしまいました。自分では使わないので……こんなにどうしようかしら」
最後は独り言のようになった。
イメルダはパッチワークの小物の布地に触れる。
「この小袋はとても良い布ですね」
「それは子供の頃に着ていたドレスの布だったかしら」
「ドレスを?」
「もう着られなくなったものを切って、つなぎ合わせたんです」
その隣で、ダリアが小さなクマのぬいぐるみを手に取り、つぶやいた。
「こういうものは、子供たちが喜びそうですね」
「本当ですか?」
アリスがダリアを見る。
「はい、絶対に喜ぶと思いますよ」
さらに、ダリアは可愛らしい髪飾りも手に取る。
「例えばですけれど、子供が好きそうなものを支援施設へ寄付するのはどうでしょうか」
「支援施設へ?」
ダリアは手にした品へ目を落としながら、何でもないことのように続けた。
「はい。私も親がいなくて、子どもの頃は教会の支援施設で育ちました」
「――そうだったのね」
「小さい頃は、こういう可愛いものをもらえると嬉しかったです」
アリスも箱の中にある、小さなウサギのぬいぐるみを手に取り、頷いた。
「もらっていただけるなら、とても嬉しいわ」
アリスはさらに箱の中を見渡した。
「あとは、屋敷の皆さんで欲しい方がいれば……」
そこでクララが口を開いた。
「よろしいでしょうか、アリス様。ご提案なのですが、慈善バザーへ出されてはいかがでしょうか?」
「バザーですか?」
アリスは思わず首を傾げる。
「えぇ。屋敷の者たちだけで使わせていただくには、あまりにも勿体ないですから」
イメルダもクララの意見に頷いた。
「これだけ綺麗に作ってありますから、欲しい方はたくさんいらっしゃると思いますよ」
「え?」
アリスは本気で驚いたようだった。
「でも……ただ趣味で作ったもので、お金を出して買っていただけるほどのものではないと思いますが……」
そこでリリスが口を挟んだ。
「前から申し上げているんです。十分、売り物になりますって」
それから、クララたちを見る。
「でも、アリス様は全然信じてくださらないんです」
アリスは困ったように笑う。
「だって、リリスはいつも褒めてくれるから……」
「本当に上手だから申し上げているんです」
リリスがすぐに返す。
クララも頷いた。
「リリスさんのおっしゃる通りです。拝見させていただきましたが、どの品も十分な出来です」
「あの……それに」
アリスは言いにくそうに視線を落とす。
「私が作ったものだと分かったら……不吉だと思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか」
一瞬、部屋の空気が変わった。
「アリス様……」
リリスは何かを言おうとしたが、言葉にならなかった。
そして、クララが最初に口を開く。
「トルシアでは元々そうした噂を気にされない方も多いですから、そこまでお気になさらなくてもよろしいかと存じます」
「そうでしょうか」
アリスは戸惑うように視線を彷徨わせる。
するとダリアが思い出したように口を開く。
「最近は、その噂自体が変わってきているんですよ」
「……変わって?」
「姫様がトルシアへ来られても、実際、何も起きていませんし」
アリスは首を振る。
「でも、ウィル様が怪我をされて……」
ダリアは困った顔をしつつも、きっぱりと言う。
「あれは、団長が油断されただけです。アリス様とは関係ありません」
はっきりとした言葉に、アリスは驚いてダリアを見た。
「何より、姫様がゼリアへ行かれて戻ってこられたら、あのゼリアが友好的な国になりそうですからね」
ダリアは笑う。
「これからは、トルシアもミルバーグも、ゼリアとの争いに悩まされずに済みそうです。最近は、姫様が幸運を呼んだんじゃないかって言う人もいるくらいなんですよ」
アリスは思わず首を傾げる。
「……幸運を?」
「私は何も……ゼリアでも塔にいただけですし……」
イメルダは肩をすくめる。
「噂なんて、本当にいい加減なものですから」
その言葉に、アリスは何とも言えない表情を浮かべた。
しばらく考えてから、目の前の手芸品へ視線を戻す。
「……皆さんがそう言ってくださるなら、バザーへも出してみようかしら?」
クララは頷いた。
「それがよろしいかと。まず、王妃様へご相談されるのがよろしいかもしれません」
「ナタリア様に?」
「王妃様は、慈善事業に関わっていらっしゃいます。バザーについても、寄付についても、喜んでお力になってくださると思いますよ」
「ご相談してみます」
アリスは頷いたが、やはりどこか自信なさげに手芸品を見渡す。
クララがその様子を見て提案する。
「旦那様にも一度ご覧いただいてはいかがですか? こういうことに関して、お世辞をおっしゃる方ではございません。率直に意見をくださると思いますよ」
アリスははっと顔を上げた。
「そうでした。バザーへ出してもよいか、ウィル様に伺わないと……。その時にご意見も聞いてみます」
クララは一瞬何かを言いかけたが、そのまま微笑んだ。
―――――――――――
その日の夕食後。
応接室のテーブルには、昼間選んだ手芸品がいくつか並べられていた。
「これが?」
ウィルはテーブルへ視線を向ける。
「はい。今日、荷物を整理していたら出てきたんです」
ウィルの隣でアリスはどこか落ち着かない様子で続けた。
「バザーに出してはどうかとおっしゃってくださったのですけれど……どう思われますか?」
ウィルは返事をする前に、一つを手に取った。
刺繍の入った布小物だった。
布地を指先で確かめ、縫い目へ視線を落とす。
次にショールを手に取る。
編み目も揃っている。
使われている毛糸も質の良いものだった。
ウィルが手芸品を一つ手に取るたび、アリスの視線はその品とウィルの間をせわしなく行き来していた。
その視線に気づき、ウィルはわずかに口元を緩める。
さらに、他の品も何点か確認した。
「布も糸も良いものだな」
「王宮からいただいたものも多いので……」
「縫い目も綺麗に揃っている。編み目も崩れていない」
アリスはウィルの言葉を真剣に聞いている。
「オレはこういうものの意匠については分からないが」
一度、並べられた品へ視線を向ける。
「商品として十分な品質だ」
「……本当ですか?」
「バザーに出しても遜色ないだろう」
――ウィル様がそうおっしゃるなら……。
「それなら……出してみてもいいでしょうか?」
遠慮がちな言い方に、ウィルは内心苦笑する。
「アリスが作ったものだ。オレの許可は必要ない」
「……良いのですか?」
ウィルはアリスの手に触れる。
「あぁ。思う通りにすればいい」
アリスは頷いたあと、少し言いにくそうに続ける。
「……あの、でしたら、ナタリア様がそういうお仕事に関わっていらっしゃると、クララさんから伺いました」
「あぁ」
「もしご迷惑でなければ、ご相談してみたいのですが……」
「……分かった。話を通しておく」
「ありがとうございます」
アリスはやっと安心したように笑った。
テーブルの上には、長い年月の中でアリスが一つずつ作り続けてきた手芸品が並んでいた。
それらがこれから、自分の知らない誰かの手へ渡っていく。
そう思うと、不思議な気持ちがした。
けれど――。
誰かが喜んで使ってくれるのなら。
それは、とても幸せなことのように思えた。