不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった
第70章 城下町の散策
家具店を出ると、先ほどよりも多くの人が通りを行き交っていた。
アリスは思わずウィルの腕を両手でギュッとつかむ。
ウィルはそんなアリスの様子を見てから、通りへ視線を向けた。
「どうする、町を見てみるか?」
「……」
アリスはすぐには答えられなかった。
通りには、様々なお店が並んでいた。
――歩いてみたい。お店がたくさん。でも……。
たくさんの人の中を歩いて、もしこの黒い髪と瞳に気づかれたら――。
迷っていると、ウィルが続けた。
「それとも、帰るか?」
アリスはもう一度、通りへ目を向ける。
店先には色とりどりの商品が並んでいる。
――やっぱり。
「……あの、少しだけ歩いてみたいです」
「行くか」
ウィルは少し離れた場所にいる二人の騎士へ目を向けた。
町を巡回するふりをしながら周囲を警戒していた騎士の一人が、わずかに頷く。
アリスが外出するときには、以前塔で彼女の警護についていた騎士たちが護衛を担当することになっていた。
ウィルとアリスは、並んで通りを歩き始める。
最初のうちは、アリスはウィルの腕にしがみつくように、手を離さなかった。
けれど、しばらく歩くうちに、周囲の人々が自分たちを気にしていないことに気づく。
荷物を抱えて足早に通り過ぎる人、お店の人と楽しそうに話す人、子供の手を引いて歩く人。
――ウィル様の言う通り、みんな、自分のことで忙しいのね。
次第に、肩の力が抜けていく。
「ここはお菓子屋さんですね」
「あぁ」
店の中から、甘い焼き菓子の香りが漂ってくる。
「……美味しそうな匂い」
アリスは歩きながら、店の中へちらりと目を向けた。
少し先には、色鮮やかな果物や野菜を並べた店があった。
さらにその隣には、食器や小物を扱っているらしい店も見える。
気づけば、通りのあちらこちらへ顔を向けていた。
――あそこは、なんのお店かしら?
思わず体ごとそちらへ向き、ウィルの腕から手を離しかけた。
「アリス」
呼び止められると同時に、ウィルに手を取られた。
「あっ……」
ウィルはそのままアリスを自分の方へ引き戻す。
「人が多い。あまり離れるな」
「すみません……」
「謝ることではない」
アリスは恥ずかしくなりながら、もう一度ウィルの腕へと手を添えた。
そんな中、色とりどりの毛糸や刺繍糸が並ぶ店が目に入る。
アリスの歩みが自然と遅くなる。
しばらく店先を眺めていると、隣から声がした。
「中に入るか?」
「え?」
アリスは驚いてウィルを見上げる。
「……いいのですか?」
「あぁ、そのための散策だからな」
二人は店の中へ入った。
店内には、毛糸や刺繍糸のほか、布や針、小さな装飾品などがところ狭しと並べられていた。
「あの、買い物をしてもいいですか?」
「もちろんだ」
アリスは棚に並ぶ刺繍糸を楽しそうに見比べながら、気に入った色を何種類か手に取った。
毛糸もいくつか選び、さらに奥へ進むと、完成した刺繍入りの布小物などが並んでいた。
アリスはその中から、細かな花模様が丁寧に刺されているハンカチを手に取った。
「この刺繍、とても綺麗だわ……今度、真似してみようかしら」
小さな声でつぶやく。
ウィルも隣に並び、店の商品へ目を向けた。
「この間見せてもらった手芸品だが」
「はい?」
「十分、ここに並べられると思う」
アリスは目を瞬いた。
「……本当ですか?」
「あぁ」
「でも、こちらは売り物ですよ?」
「分かっている。そのくらい、良く出来ていた」
あまりにも当然のように言われ、アリスはもう一度店の商品を見た。
――ウィル様はお世辞をおっしゃらない。でも、趣味で作ったものが本当に売れるのかしら?
アリスは小さく首を振る。
――ダメね。バザーに出してみようと決めて、今度ナタリア様へご相談に伺うのに。
そう思い直し、手にしていた糸や毛糸へ視線を落とす。
「……あの、こちらを買ってきますね」
店員のところへ向かおうとすると、ウィルがアリスの肩に手を置いた。
「ここは、オレが払おう」
「でも……自分のものですし」
「いや、構わない」
ウィルは懐から財布を取り出す。
アリスは迷ったものの、嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとうございます」
買い物を終え、二人は再び通りへ出た。
アリスは両側に並ぶ店を眺めながら、時折足を緩める。
「あのお店は洋服屋さんですね」
「あぁ」
「こちらは……パン屋さん、美味しそうです」
「そうだな」
目に入るものすべてが新鮮なのか、アリスは何かを見つけるたびにウィルへ話しかける。
ウィルはそんなアリスの話に、ただ耳を傾けていた。
――こんなに、楽しいなんて。きっと、ウィル様が傍にいてくださるからだわ。
通りの端に並ぶ露店の一つで、アリスはまた足を止めた。
綺麗な髪飾りがいくつも並んでいる。
その中に、月と星を模したものがあった。
「……可愛い」
アリスは思わず手を伸ばす。
銀色の月の隣に、小さな星が添えられている。
綺麗で、どこか愛らしい。
じっと見つめていると、隣にいたウィルも髪飾りへ視線を向けた。
月。
その意匠を見た瞬間、ふと砦での夜のことがウィルの頭をよぎる。
――ウィル様は……お月さまみたいだと思って……。
眠気に負けながら、そう話していたアリスの声。
「それ、買っていくかい?」
女性店主の声にアリスは顔を上げる。
「あの……」
アリスが口を開くより先に、ウィルが店主へ告げた。
「それをもらおう」
「え?」
アリスが何か言う前に、代金が支払われた。
「あの、先ほども買って頂いたのに……」
「オレが贈りたいと思っただけだ。気に入ったのだろう?」
アリスは手の中の髪飾りを見つめて、胸元へ寄せた。
「はい、とても……大切にしますね」
「あぁ」
二人は再び歩き始めた。
しばらくすると、アリスは一軒の花屋を見つけた。
店先には色とりどりの花が並び、その横には小さな袋に入った種も置かれている。
今度は、ウィルに尋ねられる前に口を開いた。
「ウィル様」
「何だ?」
「あの……花の種を買ってもいいですか?」
「もちろん」
アリスは花屋へ入り、いくつかの種を見比べてから、気に入ったものを選んだ。
「お屋敷の花壇に植えるのが楽しみです」
「そうか」
アリスが財布を取り出す。
ウィルは一瞬その手元へ視線を落としたものの、今度は何も言わなかった。
代金を払い、種の入った小さな袋を受け取ると、アリスは満足そうにそれを眺める。
店を出たあとも、アリスは通りに並ぶ店を楽しそうに眺めていた。
――来てよかったわ……。
「今日は、本当に楽しかったです」
「良かったな」
ウィルは隣を歩くアリスを見る。
「また一緒に来るか?」
「はい。また来たいです」
アリスはコクコクと頷き、ウィルの腕へギュッとつかまった。