不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった
第71章 手芸品と不安とウィルと
夜も二十一時を過ぎた頃。
仕事を終えたウィルが屋敷へ戻ると、玄関にはクララが待っていた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「あぁ。ただいま」
ウィルはクララを見る。
この時間なら、いつもはすでに自室へ戻って休んでいるはずだった。
「どうかしたのか?」
「お願いがございまして」
クララは一度言葉を切る。
「アリス様が、明日お持ちになる手芸品のことで、また悩まれているようなのです。旦那様からも、お話を聞いて差し上げてください」
ウィルはわずかに眉を寄せた。
「分かった」
それだけ答えると、そのままアリスの部屋へ向かった。
扉の前で足を止め、軽くノックをする。
少しして、扉が開いた。
「ウィル様」
アリスの表情がわずかに明るくなる。
「お帰りなさいませ」
「あぁ。ただいま」
「お仕事、遅かったのですね。お疲れではありませんか?」
「大丈夫だ」
部屋へ入り、扉が閉じる。
いつものように自分を気遣うアリスを見ながら、ウィルはその表情をじっと見つめた。
どこか冴えない。
「何かあったのか?」
「え?」
アリスは一瞬、目を瞬いた。
「あの……」
何かを言おうとして、口を噤む。
ウィルはしばらく待ったが、アリスは視線を落としたままだった。
その手を取る。
「ウィル様?」
そのままソファーまで連れていき、アリスを座らせると、自分も隣へ腰を下ろした。
「どうした?」
急かすことなく尋ねられ、アリスは膝の上で両手を重ねる。
しばらく迷ってから、ようやく口を開いた。
「あの……やはり、バザーに出すのはやめた方がいいのではないかと思って」
ウィルは何も言わず、続きを待った。
「寄付なら、気に入った方にもらっていただけて、喜ばれたらそれだけで十分ですし……」
そこで言葉が途切れる。
「でも、バザーとなると、お金を出して買っていただくことになりますよね?」
「あぁ」
「……本当にそこまで価値があるものだと思えなくて」
アリスは眉を下げた。
「明日、ナタリア様に見ていただくお約束までしているのに……売り物としてお見せするほどのものではなかったら、ナタリア様のお時間を無駄にしてしまいます」
ウィルはしばらくアリスを見つめた。
「不安になったのか?」
アリスはコクリと頷く。
「……はい」
ウィルは何も言わず、アリスの頭へ手を伸ばした。
軽く、二度ほど撫でる。
その仕草に、不安な気持ちがわずかに緩む。
アリスはそのままウィルの方へともたれかかった。
ウィルは柔らかな表情を浮かべて、アリスの背へ腕を回す。
「無駄かどうかは、アリスが決めることではない」
低い声が頭の上から聞こえる。
アリスはその言葉をじっと聞いていた。
「何度でも言うが、商品として十分質がいい。オレはそう思う」
ウィルは迷いなく続ける。
「売り物になるかどうかは、明日、ナタリア様に判断してもらえばいい」
アリスは頷いた。
「……はい」
「もし仮に、バザーへ出すのには向かないと言われたとしても、寄付という形でも十分喜ばれるだろう」
ウィルの手が、アリスの顔にかかった髪を何気ない動作でよける。
「何より、見てもらう前から諦める必要はない」
アリスはしばらく何も言わなかった。
明日、箱を開けて品物を見せることを考えると、やっぱり不安になる。
それでも。
先ほどまでよりは、気持ちが軽くなっていた。
「……あの、明日、持っていってみます」
アリスはウィルの首元から顔を上げる。
「あぁ」
短い返事が返ってくる。
アリスはほっと息を吐くと、再びウィルの首元へ顔を寄せた。
今日は朝からいつも通り屋敷の手伝いをし、その合間に、明日ナタリアへ見てもらう手芸品をリリスと一緒に選んでいた。
どれを持っていくか迷いながら一つずつ仕分けをしているうちに、思っていた以上に時間もかかってしまった。
それに、明日のことを考えている間、ずっとどこか気持ちも張っていた。
ウィルに話を聞いてもらい、その緊張が緩んだためか、急にまぶたが重くなる。
「ふぁ……」
思わず欠伸をすると、ウィルがアリスの顔を覗き込んだ。
「もう休んだ方がいい。眠そうだ」
「……はい」
アリスはウィルにもたれかかっていた体を起こし、ややぼんやりと頷いた。
ウィルは立ち上がると、アリスの手を取る。
そのまま寝台まで連れていき、アリスが横になるのを見届けた。
「……おやすみなさい」
「あぁ。おやすみ」
――少しずつ、自信をもてるようになれるといいな……。
ウィルは掛布から出ていたアリスの手へ一度だけ触れてから、部屋をあとにした。