不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった
第72章 喜んでくれるなら
昼を少し過ぎた頃。
アリスはウィルとともに、王宮の応接間を訪れていた。
ウィルは持ってきた箱をテーブルの上へ置く。
中には、アリスが作った手芸品がぎっしりと詰められていた。
「では、仕事に行ってくる。食事の時間までには戻れると思う」
「はい。荷物を持っていただいて、ありがとうございます」
ウィルは、相変わらず緊張した様子のアリスを見つめる。
視線が合うと、アリスは大丈夫だと伝えるように頷いた。
それでも、ウィルは一度ナタリアへ視線を向ける。
「では、アリスをお願いいたします」
「えぇ」
ナタリアは短く答えた。
――アリス様のことが、よほど心配なのね。
そう思ったものの、あえて口にはしなかった。
ウィルはナタリアへ軽く礼をすると、応接間を後にした。
扉が閉まるのを見届けてから、ナタリアはアリスへ微笑みかける。
「もっと早くお声をかけたかったのだけれど、アリス様もゼリアから戻られたばかりでしたし、婚姻の準備もお忙しいでしょうから。気づけば、もう二か月近く経ってしまったわね」
それから、少し可笑しそうに笑った。
「エレナには、ずっと『いつお菓子を作るの?』と急かされていたのよ」
「私も楽しみにしていましたから」
アリスも思わず笑みを浮かべる。
それから、テーブルの上に置かれた箱へ視線を向けた。
「あの……手芸品のことでもお時間をとっていただいて、ありがとうございます」
「あら、いいのよ。エレナとルーカスが来たら、ゆっくり見られなくなりそうでしょう? その前に見せていただいてもいいかしら?」
「はい。お願いします」
ナタリアは箱の蓋を開け、中を覗き込んだ。
「それにしても、本当にたくさん作られたのね」
「はい。趣味で作り続けていたら、いつの間にか溜まってしまいました……」
アリスは恥ずかしそうに笑う。
「まだ、このほかにもあるのかしら?」
ナタリアはアリスと話を続けながら、箱の中から手芸品を一つずつ手に取っていく。
刺繍の入ったハンカチや小袋、編み物、髪飾り。
どれも丁寧に作られていた。
「はい。あと……四箱くらいあります」
「まあ」
ナタリアは少し驚いたように目を見開いた。
「それにしても、ウィル様がおっしゃっていた通りね。とてもよく出来ているわ」
ナタリアは箱の中からひざ掛けを取り出した。
編み目を確かめるように眺め、それからほかの品々にも目を向け、ふっと笑みを浮かべた。
「私も、気に入ったものを一ついただいてもいいかしら?」
「はい、ぜひ」
先ほどまでどこか不安そうだったアリスの表情が明るくなる。
ちょうどその時、応接間の扉が勢いよく開いた。
「アリス姉さま!」
元気な声とともに、エレナが真っ先に姿を現し、そのままアリスへ飛びつく。
「エレナ様」
アリスは驚きながらも、その体をしっかりと受け止めた。
その後ろから、ルーカスが歩いてくる。
「アリス様、こんにちは」
「こんにちは」
アリスはエレナを受け止めたまま、二人へにっこりと微笑んだ。
やがて、エレナの視線がテーブルの上の箱へ向く。
「アリス姉さま、これなあに?」
「私が作ったものなんです」
「アリス姉さまが?」
エレナはすぐに箱のそばへ寄り、中を覗き込んだ。
「わあ……かわいい!」
小さなぬいぐるみを手に取ったかと思えば、すぐに髪飾りへ手を伸ばす。
「これもかわいい。こっちも!」
その隣では、ルーカスも興味深そうに箱の中を覗き込んでいた。
刺繍の入った小袋を手に取り、裏返して眺める。
「これもアリス様が作ったの?」
「はい」
今度は編み物へ手を伸ばす。
「これも?」
「えぇ、全部」
ルーカスは目を丸くした。
「すごい……これ、全部アリス様が作ったんだ」
一方、エレナは気になるものを次々と手元へ集めている。
その様子に、アリスは笑みを浮かべた。
「お好きなものがあれば、どうぞ」
「ほんと?」
エレナは目を輝かせた。
「これと、これと……あ、これも!」
次々と選び始めたところで、ナタリアが声をかけた。
「エレナ、だめよ。二つまでにしなさい」
「ええ……」
エレナは名残惜しそうに、手元へ集めた品々を見る。
「ほかの方にも差し上げるものなのよ。あなたがたくさんいただいてしまったら、なくなってしまうでしょう?」
「……うん」
エレナはしぶしぶ頷いた。
けれど、その途端、今度は手元の品々を前に真剣な顔になる。
「どれにしよう……」
ぬいぐるみを手に取っては戻し、今度は髪飾りを見比べる。
その様子を微笑ましく見ていたナタリアは、やがて箱へ視線を戻した。
「そうね。ぬいぐるみや髪飾りのような、子どもたちが喜びそうなものは支援施設へ寄付して、他のものは慈善バザーに出させていただくわね」
「はい……」
アリスは頷いたものの、箱の中へ視線を落としたままだった。
しばらく迷うようにしてから、おそるおそる口を開く。
「あの……やっぱり、すべて寄付というかたちでも……」
ナタリアはアリスを見つめた。
「アリス様。これは、とてもよく出来た品よ。すべてを寄付してしまうのは、少し惜しいわ」
「でも……」
「バザーで売れれば、その分だけ困っている方々へ、より多くの支援ができるのよ」
「売れれば……」
アリスは箱の中へ視線を落とす。
「そこまでのものなのでしょうか」
「十分だと思うわ。それに、王女であるアリス様がお作りになったもの、ということに価値を感じる方もいるでしょうね」
その言葉に、アリスは複雑な表情を浮かべた。
「……でも、私が作ったものだと分かったら、噂を気にする方もいらっしゃるのではないでしょうか」
「そうね。気にする方もいるかもしれないわ」
ナタリアは、何でもないことのように、それでもはっきりと答えた。
アリスは頷く。
「でもね、それだけではないの。品物そのものを気に入る方だっているわ。私は好きよ」
ナタリアは手にしていたひざ掛けを見て微笑む。
「……ありがとうございます」
アリスは笑みを浮かべたものの、まだどこか不安げだった。
ナタリアは、その様子をじっと見つめる。
――アリス様にとって、ご自分の作られたものを売るというのは、とても大きなことなのだわ。
しばらくしてから、ナタリアは口を開いた。
「では、ほかの方にも見てもらいましょうか」
「ほかの方、ですか?」
アリスが首を傾げる。
「えぇ。王宮に勤める女性たちにも見てもらって、実際に欲しいと思うかどうか、率直な感想を聞いてみるのはどうかしら?」
「でも、皆様お忙しいのではないでしょうか?」
「ふふ、大丈夫よ。休憩中の職員に、興味があれば来てほしいと声をかけてもらうだけだから」
それなら、とアリスは頷いた。
――でも、せっかく見に来ていただくのだもの。
「あの……もし気に入ったものがあれば、差し上げてもいいですか?」
「あら、いいの?」
「えぇ。まだたくさんありますから」
アリスは恥ずかしそうに笑った。
ナタリアも微笑む。
「では、そうしましょう。ただし、一人一つまでにしましょうね」
「はい」
ナタリアは、ちょうど茶の支度を終えた王宮の侍女長、マルタへ視線を向けた。
「マルタ、聞いていた通りなのだけれど、お願いできるかしら」
「はい。休憩中の女性職員に声をかけておきます」
「それから、気に入ったものがあれば、一人一つまでなら選んでもらって構わないから」
「かしこまりました」
ナタリアはそこで、思い出したように手を合わせた。
「そうだわ。その前に、慈善事業の職員にも声をかけて、二人ほどこちらへ呼んでおいてほしいの」
「その二人には、見に来た職員たちから、バザーに出す品としてどう思うか、率直な意見を聞いてもらってちょうだい」
「承知いたしました」
「助かるわ」
マルタは一礼すると、応接間を後にした。
「では、私たちは厨房へ行きましょうか」
「はい」
その声を聞いたエレナが、手芸品を両手に持ったまま勢いよく顔を上げる。
「お菓子作るの?」
「えぇ。そのために集まったのでしょう?」
「やった!」
エレナの弾んだ声が応接間に響く。
すると、その隣でルーカスも口を開いた。
「シチューもだよね?」
「もちろんよ」
ナタリアが答えると、ルーカスも嬉しそうに笑った。