約束の続きをもう一度~再会した御曹司の彼は、娘ごと私を甘やかして離しません~
近づく距離
「呼吸も脈も正常な数値ですし熱も下がってきて顔色も良くなっています。あとはご自宅でゆっくり休ませて水分補給をしっかりしてください。食べられそうなら何か消化の良い物を少しずつ食べさせてあげれば大丈夫でしょう」
「はい。ありがとうございます」

 夏希が再度診察を終えると、詩音は病院へ運ばれてきた時よりもだいぶ落ち着きを取り戻していた。

 熱はまだ残っているものの危険な状態は脱し、自宅で安静に過ごせば問題ないとの診断が下される。

 安堵した和葉は小さく息をつくと夏希へ声を掛けた。

「あの、お会計は……」
「ああ、それならもう鳴海からいただいていますのでご安心ください」
「え……?」

 思わず隣に立つ湊を見上げる和葉。

「俺の方で払っておいたから気にするな」
「そんな……でも、それは流石に……」

 申し訳なさそうに遠慮する和葉だったが夏希は苦笑を浮かべた。

「鳴海は一度言い出したら聞かないタイプですから。今はそのことよりも娘さんのことを第一に気にかけてあげてください。熱は下がってきたとはいえまだ本調子ではありませんからね」
「……はい」

 夏希の言葉に素直に頷くと湊は、

「和葉、車を表に回してくるよ」
「あ、ありがとう……」

 それだけ言って病室を後にして駐車場へ向かったので、その間に和葉は詩音の身支度を整えて帰る準備を済ませた。

 そして表に停められた車へ乗り込む前に夏希は穏やかに微笑みながら言った。

「何かあれば、またいつでも連絡してください」
「はい。本当にお世話になりました」

 深々と頭を下げた和葉は詩音をチャイルドシートへ座らせると、自らも後部座席へ乗り込んだ。

 車が静かに走り出すと詩音はチャイルドシートにもたれたまま再びすやすやと眠り始めた。

 その寝顔をバックミラー越しに確認した湊は、ほっとしたように口を開く。

「詩音ちゃんが無事で本当に良かった」
「湊さんのお陰だわ……本当にありがとう」
「いや、役に立てて良かったよ」

 穏やかな会話の中、車内には静かな沈黙が訪れ、ラジオから流れる優しい音楽だけが二人の間に流れていく。

 やがて車は和葉たちが暮らすアパートへ到着し、エンジンが止まる気配に気付いたのか詩音はゆっくりと目を覚ました。

 ぼんやりとした瞳で辺りを見回したあとで湊を見つけるとにこりと笑顔を浮かべ、

「おにーちゃんも、おうち、いこ?」

 無邪気なその一言に和葉は思わず目を丸くし、湊も少し驚いたように詩音を見つめ、そして、

「……あのさ、少しだけ上がってもいい? 詩音ちゃんが眠ったらすぐ帰るから」

 湊が遠慮がちにそう口にした。

 気づけば窓の外は明るくなり始め、いつの間にか朝を迎えていた。

 深夜からずっと付き添ってくれている湊の姿を見た和葉は小さく微笑んだ。

「うん。時間が大丈夫なら是非そうしてほしい。その方が詩音も喜ぶだろうから」

 その言葉に静かに頷いた湊は車を駐車場に停めると、詩音を抱いて部屋へ向かって行った。

 まだ本調子でない詩音は布団に寝かせてもらうと安心したように目を閉じ、ほどなくして穏やかな寝息を立て始めた。

 その寝顔を見届けた湊は安堵の息を吐くと宣言通り、「それじゃ、俺は帰るよ」とすぐに帰ろうとするけれど、その背中を和葉が呼び止めた。
< 25 / 28 >

この作品をシェア

pagetop