レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載
4
セリム・トレルビーが列車に乗り込んだのは午後二時半だった。
朝方のフェリーでプレート2を出航したのものの、現在のプレート同士の位置関係からして、ずいぶんと時間がかかってしまったのだ。やはりハロルド号が外装の修理中で動かせないのは痛かった。結局プレート4についたのが正午を廻っており、馬車で点在する少数種族の居留村の間を通って西の駅についたのが二時過ぎ。大急ぎで切符を買い、飛び乗ったのがほんの五分前である。
プレート4は共和国のプレートの中でも三番目に大きい面積を持つ。第二位のプレート2と比較しても、たいした差はない。
この分では目的地に到着するのは晩のずいぶん遅く、会見は明日になってしまうだろう。事前に訪問先と現地のホテルに電信を打ってあるのが救いだった。港にあった独立派の事務所では「伝えておく」という曖昧な返事しか得られなかったし、最悪の場合、無視されれば事情をきくどころか、顔を合わせることさえできないかもしれなかったが。
(まあ、スムーズはスムーズなんだけど)
プレート4(ストロモフカ)はプレート2(アル・カーヒラ)と比較的に仲がよい。事務手続きが円滑に進んだことはのっけの幸いだった。アルジャノンの助力もあり、プレート4の吏員たちはおおむね協力的だった。
(文句は言えないな)
されども前途は見えない。
憂鬱に窓際に肘をつくセリム。今日はグレーのジャケットにベージュのスラックスといういでたちで、旅行鞄は無造作に足元に投げ出している。木精種族の特徴がなければ、遊学か家出の少年とでも思われたことだろう。幸いにしてプレート4は木精の本拠地、彼を不審と見咎める者はいなかった。あらかた里帰りくらいに思われたのだろう。
それにしても居留村が多い。プレート1や3を追い出された人とは異なる種族が次々に避難してくるせいらしい。土地不足が目立ち始めている様子がある。
「あの、よろしいでしょうか?」
急に声をかけられて頭を上げる。
金髪の青年が席の横に立っている。切符を白手袋の片手に携えていた。まだ二十歳にもならないであろう、ごく身なりの良い貴公子。どうやら相席のようだった。
「ええ、どうぞ」
セリムは足元の鞄を足で奥に押しやる。心ここにあらず。
青年はセリムと向かい合った席に、はすかいに腰をおろす。
「里帰りですか?」
青年は社交辞令のつもりなのか、そんなありふれた問いを投げる。プレート間の定期便の港から内部の地方へ行く列車だから、ルートからの推測だろう。
セリムは少し返答につまる。あっさり肯定して受け流すべきか、本当のことを言うべきか迷ったのだ。もしも迂闊なことを言えば、今回の複雑な事情を説明することになりかねないと危ぶんだからだ。面倒は避けたい。
しかし結局は手の込んだ答えはしないことにした。
「いえ、ちょっと知人に会いに」
それだけ手短に答える。シンプルが一番、わざわざ作り話をでっちあげるのもかえって手間だった。下手に疑惑を招くよりも、簡素に受け答えしたほうがよい。第一、どうしても隠す必要性があるわけでもない。
青年は特に裏を勘ぐったふうもなかった。
「そうなんですか……では、普段はどこか他のプレートに?」
そうきたか。
推測がその方面に向かうとは予期していなかった。さらにつっこんだ質問をしてくるとは考えていなかったのだ。そもそも長話する気はなかったのだから。
セリムはとっさに金属玉の迷路ゲームのことを思い浮かべていた。薄っぺらい箱の中に造られた迷路、金属球を転がしてゴールまで運ぶやつだ。箱を上下左右に上手く傾け、器用に操作しなくてはならない。……よくある子供向けのオモチャだ。
彼は一秒の熟慮で答え方を決める。
「ええ、色々ありまして」
「そうなんですか。お仕事か何かで?」
仕事。こんがらがった事情の糸の要の一つだ。今このときは触れられたくもない。
ゲームの金属球と他人との会話は思うようには転がらない。子供向けのゲームだって簡単とは決まっていないし、初歩的なこそこそ難しいものだ。
ぼんやりしたふうを装うセリム。
「ええ、マア、えー、都合の良し悪しもありますから。世の中、いろいろですよー」
その答えはまんざら嘘でもない。
「ですが、木精の方とお見受けしますが? こちらのプレート4の方が、何かとご都合がよろしいのでは?」
セリムはこの若き貴公子の真意を測りかねる。
ひょっとすると人類至上主義者で、木精が人間たちのプレートに働きに出ることを、暗に非難しているのか?
そもそもどうして人間が、木精の居住エリアの最奥に向かうこの列車に乗っているのだろう? 現状を知っている共和国の人間なら間違っても行かないような場所なのだ。外国の新聞記者や観光旅行者だろうか。それともまさか、プレート1、中央の行政機関から派遣された密偵か。自分の跡をつけてきたとでもいうのか?
「自分はハーフですから」
この際、言ってしまった方がいい。警戒心がかえってセリムを正直にさせる。
もし密偵だった場合、隠し立てすればこちらの用心がバレる。重要度の低い真実をもらしてでも、安心させた方が得策だった。もしもこの男が自分の素性を知っているのなら、対話の反応から何かつかめるかもしれない。
青年はうなずく。
「そうなんですか。ではお父様は人間?」
「はい」
通婚可能な異種族でのハーフの子は、一般に母親の種族になる。ただし父親の血の影響もまったくゼロではない。人間のエレメント魔法は、長い間に混血によって取り入れてきたものである。
セリムの答えに貴公子は納得顔をした。
「だから、人間と過ごすのに、さして違和感はないんです」
「ですが……わたしが言うのもどうかとは思いますが……人間の多くは了見が狭くて、どうにもなりませんよ。特にプレート1の行政など、わからずやどもが牛耳っていて」
種族差別主義者ではないのか? しかも政府を誹謗している。卑下しているのか、暗に皮肉っているのか。
「あはは、そうでもありません。そういえばあなたは……」
セリムは話題を変え、相手にどうにかして自分のことを喋らせようとする。ただしどこまで真実を語ってくれるかは、また別問題である。……さすがに考えすぎだろうか。
「これは。わたしはカレル・ノスティッツといいます」
貴公子は思い出したように自己紹介する。
ノスティッツ。どこかで耳に覚えのある名前だった。
セリム・トレルビーが列車に乗り込んだのは午後二時半だった。
朝方のフェリーでプレート2を出航したのものの、現在のプレート同士の位置関係からして、ずいぶんと時間がかかってしまったのだ。やはりハロルド号が外装の修理中で動かせないのは痛かった。結局プレート4についたのが正午を廻っており、馬車で点在する少数種族の居留村の間を通って西の駅についたのが二時過ぎ。大急ぎで切符を買い、飛び乗ったのがほんの五分前である。
プレート4は共和国のプレートの中でも三番目に大きい面積を持つ。第二位のプレート2と比較しても、たいした差はない。
この分では目的地に到着するのは晩のずいぶん遅く、会見は明日になってしまうだろう。事前に訪問先と現地のホテルに電信を打ってあるのが救いだった。港にあった独立派の事務所では「伝えておく」という曖昧な返事しか得られなかったし、最悪の場合、無視されれば事情をきくどころか、顔を合わせることさえできないかもしれなかったが。
(まあ、スムーズはスムーズなんだけど)
プレート4(ストロモフカ)はプレート2(アル・カーヒラ)と比較的に仲がよい。事務手続きが円滑に進んだことはのっけの幸いだった。アルジャノンの助力もあり、プレート4の吏員たちはおおむね協力的だった。
(文句は言えないな)
されども前途は見えない。
憂鬱に窓際に肘をつくセリム。今日はグレーのジャケットにベージュのスラックスといういでたちで、旅行鞄は無造作に足元に投げ出している。木精種族の特徴がなければ、遊学か家出の少年とでも思われたことだろう。幸いにしてプレート4は木精の本拠地、彼を不審と見咎める者はいなかった。あらかた里帰りくらいに思われたのだろう。
それにしても居留村が多い。プレート1や3を追い出された人とは異なる種族が次々に避難してくるせいらしい。土地不足が目立ち始めている様子がある。
「あの、よろしいでしょうか?」
急に声をかけられて頭を上げる。
金髪の青年が席の横に立っている。切符を白手袋の片手に携えていた。まだ二十歳にもならないであろう、ごく身なりの良い貴公子。どうやら相席のようだった。
「ええ、どうぞ」
セリムは足元の鞄を足で奥に押しやる。心ここにあらず。
青年はセリムと向かい合った席に、はすかいに腰をおろす。
「里帰りですか?」
青年は社交辞令のつもりなのか、そんなありふれた問いを投げる。プレート間の定期便の港から内部の地方へ行く列車だから、ルートからの推測だろう。
セリムは少し返答につまる。あっさり肯定して受け流すべきか、本当のことを言うべきか迷ったのだ。もしも迂闊なことを言えば、今回の複雑な事情を説明することになりかねないと危ぶんだからだ。面倒は避けたい。
しかし結局は手の込んだ答えはしないことにした。
「いえ、ちょっと知人に会いに」
それだけ手短に答える。シンプルが一番、わざわざ作り話をでっちあげるのもかえって手間だった。下手に疑惑を招くよりも、簡素に受け答えしたほうがよい。第一、どうしても隠す必要性があるわけでもない。
青年は特に裏を勘ぐったふうもなかった。
「そうなんですか……では、普段はどこか他のプレートに?」
そうきたか。
推測がその方面に向かうとは予期していなかった。さらにつっこんだ質問をしてくるとは考えていなかったのだ。そもそも長話する気はなかったのだから。
セリムはとっさに金属玉の迷路ゲームのことを思い浮かべていた。薄っぺらい箱の中に造られた迷路、金属球を転がしてゴールまで運ぶやつだ。箱を上下左右に上手く傾け、器用に操作しなくてはならない。……よくある子供向けのオモチャだ。
彼は一秒の熟慮で答え方を決める。
「ええ、色々ありまして」
「そうなんですか。お仕事か何かで?」
仕事。こんがらがった事情の糸の要の一つだ。今このときは触れられたくもない。
ゲームの金属球と他人との会話は思うようには転がらない。子供向けのゲームだって簡単とは決まっていないし、初歩的なこそこそ難しいものだ。
ぼんやりしたふうを装うセリム。
「ええ、マア、えー、都合の良し悪しもありますから。世の中、いろいろですよー」
その答えはまんざら嘘でもない。
「ですが、木精の方とお見受けしますが? こちらのプレート4の方が、何かとご都合がよろしいのでは?」
セリムはこの若き貴公子の真意を測りかねる。
ひょっとすると人類至上主義者で、木精が人間たちのプレートに働きに出ることを、暗に非難しているのか?
そもそもどうして人間が、木精の居住エリアの最奥に向かうこの列車に乗っているのだろう? 現状を知っている共和国の人間なら間違っても行かないような場所なのだ。外国の新聞記者や観光旅行者だろうか。それともまさか、プレート1、中央の行政機関から派遣された密偵か。自分の跡をつけてきたとでもいうのか?
「自分はハーフですから」
この際、言ってしまった方がいい。警戒心がかえってセリムを正直にさせる。
もし密偵だった場合、隠し立てすればこちらの用心がバレる。重要度の低い真実をもらしてでも、安心させた方が得策だった。もしもこの男が自分の素性を知っているのなら、対話の反応から何かつかめるかもしれない。
青年はうなずく。
「そうなんですか。ではお父様は人間?」
「はい」
通婚可能な異種族でのハーフの子は、一般に母親の種族になる。ただし父親の血の影響もまったくゼロではない。人間のエレメント魔法は、長い間に混血によって取り入れてきたものである。
セリムの答えに貴公子は納得顔をした。
「だから、人間と過ごすのに、さして違和感はないんです」
「ですが……わたしが言うのもどうかとは思いますが……人間の多くは了見が狭くて、どうにもなりませんよ。特にプレート1の行政など、わからずやどもが牛耳っていて」
種族差別主義者ではないのか? しかも政府を誹謗している。卑下しているのか、暗に皮肉っているのか。
「あはは、そうでもありません。そういえばあなたは……」
セリムは話題を変え、相手にどうにかして自分のことを喋らせようとする。ただしどこまで真実を語ってくれるかは、また別問題である。……さすがに考えすぎだろうか。
「これは。わたしはカレル・ノスティッツといいます」
貴公子は思い出したように自己紹介する。
ノスティッツ。どこかで耳に覚えのある名前だった。