レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

 午後五時に放下の鐘がなる。じきにモスクの魔法学校(セミナリオ)の入り口から、特別授業を終えた中等の学校の学生たちが流れ出してくる。
「うー」
 アネシュカは開放感を満喫するかのようにぐっと伸びをする。並んで歩いていたブランシュが片手で口を覆う。
「アネシュカって、落差激しいよね」
「落差?」
 きょとんとしたアネシュカにブランシュが説明した。
「真剣なときと、くつろいでるときで。授業中とかすごく真面目だし」
「そう?」
「うん。目が違うもの」
 アネシュカはローブのタイに腕組みし、「そうかなー」と小首をかしげた。
「でも真面目って言ったら、ブランシュだってそうじゃない?」
「でも、集中力が。わたしなんて、一時間越えてくるとちょっと辛いもの」
 セミナリオでの先行講義は百分間だから、コレジオでの学科授業の倍である。
「でも別に、だらけたりとかしてないし。いつだってちゃんとしてるし」
「見た目だけよ。躾のおかげで、よそ行きって言うか、上っ面の格好つくろうのって得意だから。……きっと、中身はからっぽなんだわ」
 アネシュカの目には完璧に見える友人。お嬢様にはお嬢様なりの悩みがあるらしかった。
 そのとき赤毛の娘はいきなり振り返った。
「どうしたの?」
 友人の異変に気がついたらしく、ブランシュが問いかける。アネシュカは足早に、つかつかと歩く。背後の並木の一本に。
「こら!」
 アネシュカの素早い手が、曲者を取り押さえていた。
 こっそり逃げようとしていたブレイク・ハートは首のうしろをつかまれて、ぷらーんと吊り下げられてしまう。赤い毛皮の顔にも、びっくりした狼狽の色がありありと表れている。アネシュカはじっと睨むみたいに観察する。
「あんた、授業の前にもいたでしょ?」
 ブランシュはびっくりしたらしい。縮めた両手で白い喉に触れながら、尋問するアネシュカを見守っていた。
「授業中にも。窓の外で、ずっとこっちの教室の方見てたし」
 アネシュカは眉をひそめ、問いただす視線ですえつける。
「あんたって……」
 ブレイクは激しく首を左右に振る。残像が残るほどに強烈な否定のジェスチャーだ。それは次の言葉を予感したからなのかもしれなかった。
 アネシュカは問いただした。
「ひょっとしてストーカー?」
 そんな言葉の帰結にブレイクはつぶらな目が点になる。
「……え?」
「いっくらわたしらがかわいいからって。あんたって、ロリコンなわけ? わたしらみたいな歳の子つけまわすなんて。……ひょっとして、ブランシュ?」
 ブレイク・ハートは話の成り行きについていけない。安堵と当惑が折半した困った顔で、足を空中にぶらぶらさせている。目線は助けを求めるように、チラチラとブランシュに投げられていた。
「やっぱり! そうなのね!」
 アネシュカは人差し指をブレイクの鼻先にびしっとつきつける。真相を見破った探偵みたく、言い放った。
「わかったわ! あんた、ブランシュ目当ての求婚者の回し者でしょ!」
 アネシュカはブレイクをヘッドロックした。小さくも骨ばった拳固で耳の付け根をぐりぐりする。子供っぽい野蛮さの奔流がそのまま行動になっていた。
「さあ! 白状なさい! どこの誰に雇われたの? 吐けっ、白状しろっ!」
「そ、そんなんじゃ……」
 そんなとき。ブランシュがつと歩みよると、白く透きとおる指で赤い小さな頭にふれる。
 ちょっと驚いて、それから悲しそうに目を伏せる。
「放してあげて」
 アネシュカはブランシュのとりなしに意表を突かれたらしい。「へ?」と顔を上げる。
「悪気があったわけじゃないと思うの。……さわったら、わかるもの」
「そうなの?」
 解放されたブレイクはようやく地面に降り立つ。ぐったりと喉をさするブレイクに、ブランシュは優しく言った。
「わたしたち、この町の三番目のコレジオ(寄宿学校、転じて中等学校)にいるから」

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