レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

 第一モスク大図書館の総長室。
 アルジャノンはグラビア誌を床に投げ出し、報告書類と電信に読みふけっていた。
 サングラスの奥で眼光が鋭くなっている。この男の目はあながち節穴ではないはずだ。
 呼び出しベル。机上の内線である。
『どうも、亡命者が敵に協力しているらしくて』
「身から出たサビだな。行政局め」
 昨日までのプラネット3‐4を中心にした戦闘で、どさくさに紛れて破壊工作員が侵入したらしい。どうやら共和国から帝国に亡命した、人間のエレメント魔法使いまでもいるらしかった。
『もっとちゃんと知らせてくれていたら……』
 真鍮の内線受話器から、細い声が聞こえる。どうやら内線の会話相手は司書のキアラだった。アルジャノンは書類をめくりながらぼやく。
「都合の悪いことを隠すのは、あいつらの十八番だ」
『……なんにも教えてくれないんですから』
 司書のキアラは溜息をついている。
 公式には亡命者は「行方不明」や「事故死」扱いにされる。それゆえに一般にはあまり知られていない社会問題だ。他のエレメント・アルスの魔法使いの離反を危惧しての処置だが、近年はその人数が急増しつつある。
 しかし中央行政局の秘密主義は、身内にすら正確な情報やデータを渡そうとしないのだ。
 詳しい資料もつけず、侵入者がいると簡素に通達してきたのだ。
 こうしているうちにも、工作員は土地勘を活かして潜行しつつあるのだろう。
「ノーマル・ヒューマニズムの原理主義が離反者を作り出す。なぜそれがわからん」
『ええ、わたしも大嫌いです』
「たまに一緒にやっていくのがやりきれんときがある」
『帝国にでも逃げたらいかがですか? 伯爵くらいにはしてもらえるのでは?』
「そうもいかんさ」
 司書のどぎつい冗談に、アルジャノンは苦虫を噛み潰したように鼻に皺をよせた。
 彼は元がプレート1の出身者だから、中央の実情には詳しい。
 プレート1(ルテティア)に置かれた中央行政局の官僚機構が、事実的に共和国を統括している。全四州のプレートから代表を集めた全共和国元老院は形骸化しつつあり、プレート1の一部の人間種族が国政の実権を握っているのが現状だった。
 そんな主導権争いに加えて文化の違いがある。同じ人間主体の州であっても、プレート2(アル・カーヒラ)とプレート1(ルテティア)は意見の食違いが大きかった。エレメント・アルスの使えない「標準人」を基準として、人間の魔法使いと異種族を指導・管理するという思想と風潮。それは「混在」を基調とした歴史が長かったプレート2や、木精中心のプレート4には馴染まない。かつてプレート1に植民地征服も同然にのっとられたプレート3の代表たちだけが、賛成していた。
 かといって、安易に分離独立もできない。
 共和国が分裂して力を失えば、帝国や他国につけいる隙を与えることになってしまう。今回のプレート3への攻撃も、「こちらの内紛を煽る意図があったのだろう」とアルジャノンは分析していた。
 州議会では「放っておけ」「見殺しにせよ」という論調もかなり有力だったくらいだ。今度の事変は成り行きや行動次第で、仲間内の不仲に拍車がかかる惧れがあった。
 プレート2統領であるマフムート・パシャや古参議員たちの要請で、わざわざ独自に救援を送ったのである。
「一難去って、また一難か」
 アルジャノン・ヒッピアスは親指の爪をがちりと噛んだ。
「戦闘より、後始末の方が大変かも知れんな」
 そのときちょうど柱時計が九時を打つ。



「お兄ちゃん、行方不明なの」
 ブランシュはアネシュカの肩に頭をもたせかけた。二人の少女はベッドを背もたれにしてカーペットに座っている。
「でも、本当はわたし、知ってるの」
 ブランシュは喉に詰まったものを吐き出すみたいに言った。
「外国に逃げたんだって」
「え?」
 小さな声を上げるアネシュカ。ブランシュは上目遣いに睨む。
「金呪のせいで、この国が嫌になったんだって。旧連邦のプレートに行って、そのまま行方がわからなくなって」
 金呪を受けるのはエレメント・アルスに秀でている人間だけだ。ブランシュの兄なら、きっと同じように個人的な資質があったのだろう。そういう人間は他の国でなら、もっと優遇されるのかもしれなかった。
 アネシュカはブランシュの金色に輝く髪をやさしくなでていた。
 ブランシュは黙りこくったまま、姿勢を崩してアネシュカの膝を枕にする。
「ひょっとして。それがきっかけで、プレート1から引っ越してきたの?」
「うん」
 最近では中央行政局への反感からか、魔法使いの家系がプレート1(ルテティア)から他所のプレートに引っ越すことが多いらしい。それが人間の家の場合はプレート2(アル・カーヒラ)、その他の種族ならプレート4(ストロモフカ)というのが通例である。
 プレート1やプレート3では、ノーマル・ヒューマニズムを主張する標準人原理主義の秘密結社まであるらしかった。特に緑十字の審問委員会は悪名高い。
 この頃はプレートごとの魔法使いの比率の偏りや人材流出が問題視され、移住を禁止する法律案まで検討されていた。しかも引越しの制限はとっくに始まっている。
 ノスティッツ家の場合、遠縁の親戚がプレート2の有力者で、口添えしてもらったらしい。それでも財産の半分を放棄して、ようやく行政局から居住地の移動に許可がおりたのだそうだ。ブランシュの金呪が早かったのはそのせいなのだろうか。
「そういえば。アネシュカの家も、引っ越してきたんだよね」
 ブランシュはにわかに頭を起こした。
「どうして? 普通の人だったら、プレート3は住みやすいんじゃないの?」
 たしかにアネシュカの家は強力な魔法使い、代々エレメント・アルスを伝える血統ではない。金呪や統制を受けるわけでもないだろうし。一部にはかえって「標準人」優遇のプレート1やプレート3に引っ越す人々もいる。
 アネシュカは首を軽く左右させた。
「わたしもお兄ちゃんが、いたんだけど」
 そんな切り出しにブランシュは体を起こす。関心がありありと顔に出ている。起き上がりざま顔に顔を近づけて、また離れる。正座をつぶしたかっこうで、ぺったりと座る。
「アネシュカも?」
 友人にうなづいたアネシュカは言葉を続ける。
「連れてかれちゃった。行政局に……」
 プレート3はプレート1の強力な統制下にあり、プレートの行政機関は中央行政局のいいなりだった。
「どうして?」
 ブランシュは理解しかねたように目を丸くする。
「どうして、普通の人が……」
「普通じゃなかったの。お兄ちゃんは」
 アネシュカの瞳の奥で、金色の炎が煌いたようだった。それは怒りだったかもしれない。
「エレメント・アルスの魔法、使えたの。生まれつき」
「そうなの?」
「突然変異とか、隔世遺伝とかまわりは言ってた」
 たまにある話だった。普通の人間たちでもエレメントを操る資質の因子を持っている。血が薄まって、形質としてはっきりとは発現しないだけなのだ。だからちょっとした偶然で、標準人同士の夫婦に、「普通でない」あるいは「非凡な」子供が生まれることがある。
 アネシュカはうつむいて、泣きそうにカーペットに爪を立てる。
「家を兵隊が取り囲んで、連れて行ったの。『逆らったら、一家皆殺しにする』とか『おとなしくしないと射殺する』って怒鳴ってた!」
 恐怖を思い出したせいか、怒りと哀しみが蘇ったのか。アネシュカは泣き崩れた。
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