レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載
7
アルジャノンは珍しく険のある態度をとった。デスクに肩肘を載せ、横を向いたままで客に応対する。拒絶のオーラが全身からほとばしっている。
「おおよそ他人を訪問する時間ではないな」
この総長、元よりそんなことを気にする人間ではなかったが、時計はもう十時近い。十字の格子窓の外は真っ暗闇だった。
訪問客は黒い背広の男。青白い幽霊のような青年であった。眼鏡をかけていても非人間的な目つきは隠しようがない。
「では総長は、なぜこんな時間に執務室にいるのですか」
声には抑揚がなく、冷たい美貌は吸血鬼や爬虫類を連想させた。
不器用さや無愛想さで失敗する者がいる一方、とことん非人間的な性格のおかげで出世する者もいる。この青年は後者の典型だった。
「わたしだって、することはあるさ」
「では、そのすることとは何ですか」
「君には関係のないことだ」
「だいたいは存じ上げております」
青年官僚はぴしゃりと告げた。
「あなたはプレート1の出身者で、あくまで人間です。プレート4の非人間に義理立てすることはないのでは? いっそ混乱が起これば、統制強化のいい口実になる。うまくいけば武力制圧も視野にはいります」
アルジャノンは不快を露わにする。彼はこのプレート1の息がかかった役人が大嫌いなのだ。中央行政局は他所のプレートにも出張所を設けて、目付け役を置いているのだった。さらには地元プレート出身の人間にまで協力者がいるのだから手におえない。忙しいときにかぎってしゃしゃり出て、ぐだぐだと注文をつけてくる。
「非人間的なのは、君の方だろう」
感情を圧したアルジャノンの台詞は皮肉よりは罵倒に近い。
役人の青年アルムルクはたじろぎもしない。
「あ。ノスティッツの姪御さんのことを、まだ根に持ってみえるんですか」
ぷちっ。
アルジャノンはすんでのところでつかみかかるところだった。
「貴様」
あの金呪の処置はアルジャノンへの牽制でもあったのだろう。わざわざ特別許可でプレート1に呼び出されたと思ったら、従姉の娘、ブランシュの刺青に立ち会わされたのだ。案内されたドアを開けたら、とっくに背中を三分の一ほど血まみれにして泣いていた。刺青師の襟首をつかんで「殺すぞ」と喚いた記憶がある。儀式はその時点で強制終了した(そうでなければ、その場の人間全員の人生を強制修了させただろう)。
「何が『金呪、おめでとう』だ。拍手までしやがって!」
アルジャノンは机を拳で叩く。手袋にまで血管が浮かび上がりそうで、手首に放電の火花が走る。腕時計の秒針までが不規則にぐらついた。
「あの娘はな、今でもたまにぶりかえして、痛がってるんだぞ!」
「どうということはありません。体の傷は完治しております。原因は精神的なものかと。痛みを忘れないのは良いことです」
あのブランシュ・ノスティッツに痛みで恐怖を植えつけ、従順にさせる意図があったことは明白だった。
「一生幽閉したりするよりも、よほど本人の幸福に配慮しておりますよ。自殺でもされては国家にとって損失ですし。幸福に結婚して、資質ある子供をたくさん産んでもらわなければなりません」
中央行政局からすれば、エレメント・アルスの血の女児は貴重な「繁殖用」である。次世代の魔法使いの確保は国政の重要事項だった。だが十年前と比べても近頃は非人道性が加速がついている。とてもついていけないレベルだった。
アルムルクはなだめるように片手を上げた。経験則から「会話相手の同胞に暴力行使はない」と知っているのだ。自制心に巧みにつけいる術を心得ている。
「まあまあ、落ち着かれては。……あなたは公の要人です。もう少し大人になられたほうがよろしいかと。そもそも、目付け役で送り込まれたはずのあなたに、別の目付け役が必要になるとは」
「お前らのやり方が、非道すぎるからだよ」
「ミイラ取りがミイラ、ですか」
アルジャノンはそっぽをむく。正当な理由もなく、同じ国の国民を血祭りにもできない。
十年くらい前にプレート2に来たときには、中央行政局の意向を受けていた。けれども次第に考えが変わった。それに中央が保守化した事情もあって、決裂したのだ。今では完全にプレート2側についてしまっている。
役人アルムルクは冷静に提言する。
「わたくしどもは、『最大多数の最大幸福』のために役目を果たさなくてはなりません」
「人間で、しかも標準人なんて……この国のほんの半分だろう?」
「これは異なことをおっしゃる。非人間は数には入りませんよ」
彼らの会話はたっぷり五年間は絵に描いたような平行線である。
アルジャノンは引出しから煙草の葉と巻紙を取り出した。七つの趣味の一つ、紙巻煙草である。たっぷり二つまみの葉で太巻きにし、フィルターを端に入れて糊代を舐める。
アルムルクは感情を込めずに言った。
「モスクと図書館は禁煙エリアです……」
「初耳だな」
「正式には現在検討中です。ですがもうじき認可が……」
権威を盾に「自分たちに都合がいい」ことをルールにする。この連中の得意技だ。
「この部屋は永久に喫煙エリアだ」
アルジャノンは横柄に言い返し、煙を吐いた。
アルジャノンは珍しく険のある態度をとった。デスクに肩肘を載せ、横を向いたままで客に応対する。拒絶のオーラが全身からほとばしっている。
「おおよそ他人を訪問する時間ではないな」
この総長、元よりそんなことを気にする人間ではなかったが、時計はもう十時近い。十字の格子窓の外は真っ暗闇だった。
訪問客は黒い背広の男。青白い幽霊のような青年であった。眼鏡をかけていても非人間的な目つきは隠しようがない。
「では総長は、なぜこんな時間に執務室にいるのですか」
声には抑揚がなく、冷たい美貌は吸血鬼や爬虫類を連想させた。
不器用さや無愛想さで失敗する者がいる一方、とことん非人間的な性格のおかげで出世する者もいる。この青年は後者の典型だった。
「わたしだって、することはあるさ」
「では、そのすることとは何ですか」
「君には関係のないことだ」
「だいたいは存じ上げております」
青年官僚はぴしゃりと告げた。
「あなたはプレート1の出身者で、あくまで人間です。プレート4の非人間に義理立てすることはないのでは? いっそ混乱が起これば、統制強化のいい口実になる。うまくいけば武力制圧も視野にはいります」
アルジャノンは不快を露わにする。彼はこのプレート1の息がかかった役人が大嫌いなのだ。中央行政局は他所のプレートにも出張所を設けて、目付け役を置いているのだった。さらには地元プレート出身の人間にまで協力者がいるのだから手におえない。忙しいときにかぎってしゃしゃり出て、ぐだぐだと注文をつけてくる。
「非人間的なのは、君の方だろう」
感情を圧したアルジャノンの台詞は皮肉よりは罵倒に近い。
役人の青年アルムルクはたじろぎもしない。
「あ。ノスティッツの姪御さんのことを、まだ根に持ってみえるんですか」
ぷちっ。
アルジャノンはすんでのところでつかみかかるところだった。
「貴様」
あの金呪の処置はアルジャノンへの牽制でもあったのだろう。わざわざ特別許可でプレート1に呼び出されたと思ったら、従姉の娘、ブランシュの刺青に立ち会わされたのだ。案内されたドアを開けたら、とっくに背中を三分の一ほど血まみれにして泣いていた。刺青師の襟首をつかんで「殺すぞ」と喚いた記憶がある。儀式はその時点で強制終了した(そうでなければ、その場の人間全員の人生を強制修了させただろう)。
「何が『金呪、おめでとう』だ。拍手までしやがって!」
アルジャノンは机を拳で叩く。手袋にまで血管が浮かび上がりそうで、手首に放電の火花が走る。腕時計の秒針までが不規則にぐらついた。
「あの娘はな、今でもたまにぶりかえして、痛がってるんだぞ!」
「どうということはありません。体の傷は完治しております。原因は精神的なものかと。痛みを忘れないのは良いことです」
あのブランシュ・ノスティッツに痛みで恐怖を植えつけ、従順にさせる意図があったことは明白だった。
「一生幽閉したりするよりも、よほど本人の幸福に配慮しておりますよ。自殺でもされては国家にとって損失ですし。幸福に結婚して、資質ある子供をたくさん産んでもらわなければなりません」
中央行政局からすれば、エレメント・アルスの血の女児は貴重な「繁殖用」である。次世代の魔法使いの確保は国政の重要事項だった。だが十年前と比べても近頃は非人道性が加速がついている。とてもついていけないレベルだった。
アルムルクはなだめるように片手を上げた。経験則から「会話相手の同胞に暴力行使はない」と知っているのだ。自制心に巧みにつけいる術を心得ている。
「まあまあ、落ち着かれては。……あなたは公の要人です。もう少し大人になられたほうがよろしいかと。そもそも、目付け役で送り込まれたはずのあなたに、別の目付け役が必要になるとは」
「お前らのやり方が、非道すぎるからだよ」
「ミイラ取りがミイラ、ですか」
アルジャノンはそっぽをむく。正当な理由もなく、同じ国の国民を血祭りにもできない。
十年くらい前にプレート2に来たときには、中央行政局の意向を受けていた。けれども次第に考えが変わった。それに中央が保守化した事情もあって、決裂したのだ。今では完全にプレート2側についてしまっている。
役人アルムルクは冷静に提言する。
「わたくしどもは、『最大多数の最大幸福』のために役目を果たさなくてはなりません」
「人間で、しかも標準人なんて……この国のほんの半分だろう?」
「これは異なことをおっしゃる。非人間は数には入りませんよ」
彼らの会話はたっぷり五年間は絵に描いたような平行線である。
アルジャノンは引出しから煙草の葉と巻紙を取り出した。七つの趣味の一つ、紙巻煙草である。たっぷり二つまみの葉で太巻きにし、フィルターを端に入れて糊代を舐める。
アルムルクは感情を込めずに言った。
「モスクと図書館は禁煙エリアです……」
「初耳だな」
「正式には現在検討中です。ですがもうじき認可が……」
権威を盾に「自分たちに都合がいい」ことをルールにする。この連中の得意技だ。
「この部屋は永久に喫煙エリアだ」
アルジャノンは横柄に言い返し、煙を吐いた。