レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

第一話 プラネット・カタストロフ/コンビ


「ここはッ! 野生の世界ッ!」
 ブレイクは太陽の紅炎(プロミネンス)のような毛並みをひらめかせ、激震に傾いた路面を突っ走る。必至に動かす手足、喉から腹は黒い。ダークメタリックバージョンのアライグマのような姿かたちである。
「過酷な自然は無慈悲な摂理っ!」
 実際にはここは人造の巨大構造物である。既存の環境としては同じ事なのかもしれなかったが、思いつきのたわごとだ。こんなふうに啖呵を切るのは彼特有のノリだった。そのノリが彼を不死身の覇獣とする。
「アスレチックじゃあねーんだぞっ!」
 甲高いぼやきの叫びには怒りの響きさえある。好きでやっているわけではない。アドレナリンでテンションが上がりまくっているだけの話だ。
 四肢の筋肉を躍動させ、全身をバネにして突き進んでいく。
 さながら赤き閃光のレッサーパンダ。
「やべっ」
 コンクリートの天井がきしんで落ちてきそうだ。漆喰がばらばらとこぼれて、金具がぐんにゃりと潰れていく。ひっくり返った石膏像が粉々になる。それでも前二回転して落下物をくぐりぬけていく。鮮やかなスライディングは見事なお手並みである。
「へっ、がらが小さくてよかったぜ」
 もし背が高かったりしたらよけられなかっただろう。こんなふうにすばしこくなかったら、石膏像にあっさり潰されていたに違いない。小柄なのがいい場合だってあるものなのだ。金色の眼に「してやったり」の光が煌く。
 だが、一難去ってまた一難。
「うおっ」
 本能的、反射の直感回避。彼はムササビのようにジャンプして、断崖亀裂を飛び越える。
「道が、ねえッ!」
 今さらながらに悲鳴をあげる。目下、三メートル幅の闇。飛行、滑空中。
「よっ」
 着陸地点は水平でなかった。ばっと広げた腕の先で爪がかりっと音を立て、ブレイクは新しい地面に着地する。いや、もはや地面でも通路でもない。それは四十度に傾いた壁面だった。先の通路の底はせりあがった床と傾いた壁でV字谷になってしまっている。
「ちっ、もう時間がねーぞ。オイっ、きこえるかっ」
 ブレイクは無線にドスのきいたソプラノで怒鳴る。
『うん、聞こえる』
 木製のトランシーバーは繊細そうな、しっかりした声を返した。非常事態の緊張を落ち着きで支えている声だ。
「避難はどーなったっ?」
『現在、居住民の五割近くを救出、第八シェルターエリアにも別のレスキュー隊が向かった。作戦本部はあと八分で、ミッションを第二段階に移行すると言ってきてる」
「まだ半分だろう?」
 残り半分の居住民の救出はどうするつもりなのか。
『シェルターにまとまってる人たちは別にして、残りはバラバラに散らばってる。まず敵を駆逐しないと、ゆっくり探す暇なんてないもの……ブレイクも、そろそろ脱出して。閉じ込められたらやっかいだもの』
「ちょいマテ」
 ブレイクはV字型の片眉を吊り上げる。それならなおさら、施設の巡回と救助を継続すべきではないのか? 今脱出することは、残り半分の逃げ遅れた人々を事実上見捨てることになりかねない。
「まだ転送魔法陣は二つ残ってるんだぜ」
 携帯の転送魔法陣を使えば、わざわざ連れて逃げなくとも、一瞬で安全な場所へテレポートさせることができる。
『十個あったうちの残り二つでしょ? ……だいたい、ブレイクは転送魔法は苦手なんだし、タカが知れてるよ。それに自分のことは転送できないんだし、もし閉じ込められたらどうするのさ?』
 冷静な言葉とは裏腹に、避難民より相棒の身を案じているらしい。
 ブレイクは「むう」と眉根をよせ、額のV字を圧縮する。二回頭を振るためらいののちに、彼は苦言を呈した。
「もうちょっと、ゴーレムをやっつけてからでいいんじゃないのか?」
 侵入した敵の数を減らせば、それだけ他の隊員の巡回救助もスムーズに進むだろう。どちらかといえばブレイクは、救助よりはゴーレムの駆逐を主目的に降下した戦闘要員である。腕に、覚えあり。
 トランシーバーの向こうで溜息するのが伝わってきた。
『外の方が大変なことになってるんだ。敵の増援か、待機してたのかは知らないけど。プラネットにミサイルを撃ち込み始めて……』
「なんだと!」
 ブレイクは血相を変えた。そうか、さっきの衝撃はミサイルか。最初に考えたような、内部の爆発ではなかったのだ。
「ちくしょう、なんてことをしやがるんだっ!」
 敵はプラネットを撃沈して、居住民全部を死なせるつもりなのだろうか? ただでさえ赤い毛皮がいっそう鮮烈に赤みを増してきたようだった。金色の眼は怒りに爆発しそうだ。
『だから僕らのハロルド号も、そっちに対処しなくちゃ。ロケット魚雷も残り少ないし』
 ハロルド号の二つのメインウェポンのうち、もう片方の操作はブレイクの専門である。もう考慮や選択の余地はない。
「わーったよっ」
『その進路の先まで、船を回すから』
「あと五分で到着する」
 ブレイクは無線を切って全速力で走り出す。
「あいつら……ぜってー許さねえ!」
 ブレイクの怒りももっともだった。
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