レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

 汽笛のような動力車のパズルの音色が静まっていく。
 セリムとカレルは深夜の終着駅に降り立った。時間柄のせいか、人気もない。大半の乗客は前の駅で降りてしまったのだ。
 ライトから投げられる乏しい光が照らされ、空になった車両は格納庫にゆっくりと移動していく。ただ物資を積んだ車両だけが切り離されて、倉庫の横にある待機用の別路線に入った。
「どうしてエンヴェルのことを?」
「わたしもジャーナリストの端くれですから、いくらかは調べたんです。興味深い人や場所はスクラップしてまして。たまたま近くに来たのでインタビューしようと思ったんです。ほら、一昨日前までの騒ぎもありましたし、ちょうど旬な話題ですから。コンタクトをとったら、話を聞かせていただけると」
 カレルは金髪を暗い光に浮かび上がらせて、にこやかに歩調をリードする。この駅周辺のことも事前に資料で調査済みらしい。掲示された地図にさして目を留めることさえしなかった。
 終着駅は集落から少し距離がある。大きく迂回した石畳の道が続いており、途中で折れ曲がって森を通らなければならない。あるいは徒歩でなら、林と空き地を突っ切る細い道もある。一定の隔絶を企図したためか、わざとそういう形に整備されているのだ。
 ここは鉄道を延長してできた、比較的新しい町なのである。土地不足のせいで無理に開発せざるを得なかったゆえ、少しでも森林らしさを残したかったらしい。
「そのインタビューは……」
「今晩にでも」
 その答えがセリムを驚かせる。
「今夜?」
 時計はもう深夜十一時に近い。
「はい。明日の朝には、また別の場所に行かなくてはならないので……無理を承知でお願いしたら、幸運にもご厚意に恵まれました」
 奇妙な偶然もあるものだ。
 しかし政治活動家のエンヴェルはその面では著名人であるのかもしれない。
「もしよろしければ」
 カレル・ノスティッツは親切げに切り出す。
「トレルビーさんも同席していただければと」
「いいんですか?」
 僥倖ではあった。しかし話が上手すぎて、どうにも引っかかる。
 カレルはセリムの不安を打ち消すようにうなずいた。
「もちろんです。対談なら、わたしの方もかえって興味深いお話を聞かせて頂けるかもしれませんから」
 そういうことか。同じ旧連邦出身者が質問側にいれば、記事のネタとしては面白いだろう。ジャーナリスト一流のしたたかさである。
 拒否する理由もない。むしろチャンスを活用しない手はない。
「よろこんで」
 やがて小道が広い空き地にさしかかるころ。セリムは耳慣れた旋律を聞いた気がした。
(え?)
 彼の心臓が告げている。
 セリムは思い違いだろうかと胸を押さえたが、この共鳴は間違いない。
(どうして……?)
 立ち止まったセリムと歩きつづけるカレルの間に距離が広がる。
「どうかされましたか?」
 二十歩ほど先に行っていたカレルがけげんそうに足を止めた。
「あれは……」
 セリムは夜空の闇に振り仰ぎ、紅葉色の目をこらす。
 やっぱり。
 遠い。いや、近い。すごい速さだ。
「ハロルド号? どうして?」
 それはロケットのように、みるみるうちに接近してきた。



「どくな! ふっとばすッ!」
 コックピットでレッドパンダ・ブレイクは吼える。
「この裏切り者の逃亡犯がッ! 今度は何を企んでやがるッ!」
 小さな黒い手は問答無用で操縦桿を押し込んだ。
 接地しても速度は落ちない。
 滑っていく。滑っていく。滑っていく!
 もうもうたる土煙と地響きが轟き渡る。
 攻撃目標は空き地に突っ立っているカレル・ノスティッツの野郎だ。
 ボーリングのピンは一本で上等。
「覚悟しやがれッ! ストライクだッ!」
 ハロルド号は地表を下草もろとも削り取りながら、ボーリングの玉のように突っ込んでいく。



「危ないっ!」
 セリムが悲鳴をあげると同時、ハロルド号の船体は眼前に割り込んでいた。接地してから滑った跡は長くて深い溝になっている。急造のお堀のように……。
 薄まり静まっていく土煙に人影が立ち上がる。
 間一髪で難を逃れたカレル・ノスティッツは、さすがに血の気の失せた顔で闖入者に目を瞠っていた。貴公子もまた肝胆寒からしめられて、驚愕していることは否めない。
 ハロルド号の甲板にはまだパズルの余韻が残り漂っている。
 星明りに小さな影が踊り上がる。ブレイク・ハートだ。
 その姿を目に留めたカレルは呟く。
「ヴァーツラフ……貴様……!」
 因縁のご対面だった。
「てめー、カレル! よけやがったな! よけるなッつったろうがっ!」
 もちろんかわされることくらいは想定内だ。すぐに次の行動に移る。
 ブレイクは即座に甲板上、回転砲エイハブの砲座にとりついた。
 エイハブは四本のパイプから、天に向かって盛大な炎の柱を吹き上げる。大宇宙の終焉、恐怖とともに訪れる最後の審判、絶対断罪の最終法廷のようだ。
 周囲は晧々と真昼のように明るくなる。
「ちょ、ちょっと、ブレイク?!」
 セリムは目玉が飛び出しそうに顔を引きつらせている。
 どうするつもりかは目に見えている。奴は、奴こそはレッドパンダ・ブレイク! 世界一危険で凶暴で獰猛な小動物である。金色の眼は攻撃本能に煌いている。
 勝手知ったる、だ。どうするべきかは考えるまでもない。
 カレルはとっくに百八十度方向転換し、命がけで逃走を開始していた。その後ろから甲高い怒鳴り声が追いかける。
「おらっ! ここで会ったら百年目だっ!」
 カレルは走った。走った。走った。
 死力をつくして逃げるカレルの背にむけ、凶悪な銃器が火を噴いた。
 目標を挽肉に転生させるという崇高な使命を帯びて、弾丸の群れが逃走者に追いすがる。
 熱した感情のたぎりと対照的に冷静極まりない攻撃。
 火線が地面をえぐるのは、ギリギリを狙っているからだ。吹き上がる炎の柱とは裏腹に、出力も最小限に絞っていた。しかも主に弾を吐いているのはエレメント回転砲ではなく、遠隔操作された旧技術依存のミニガンである。
 ぶち切れても最小限の配慮はあった。ただし、敵のためではない。
 ブレイクはミニガンのトリガーを絞り、右往左往する的を狙い撃つ。
「まてっ!」
「断るっ!」
 カレルは全速力で逃げる。全力で逃げ惑う。死力で這いずり回る。
 ブレイクが舌打ちしたのは、アルスの特性上、こちらが不利と察知していたからだ。
「動くんじゃねえっ! 当たらねーだろーがッ!」
「当たったら死ぬだろうっ!」
「覚悟が足りねえぞ! 観念しろっ!」
 カレルは磁力の結界で弾丸をそらしながら、ナイフを三本投げつける。ブレイクは三節棍の一振りで叩き落とした。
 V字眉がピクッとする。ナイフが切り裂いたのは堪忍袋の緒であったようだ。
 カレルは最悪の事態、死すらを予感した。
「このっ、このっ、こンのっ!」
 乱射である。
 だがカレル相手には充分ではない。そもそもミニガン主体の金属弾戦い方では、磁気の結界には相性が悪いのだ。
「当たれ、諦めろッ!」
「よせっ! 落ち着けッ!」
「っるせーぞッ! もう半殺しじゃあすまさねえぞッ!」
 存分に火力を叩き込めないのがまどろっこしい。しかしやたらめったら撃てば引火の惧れがあった。山火事にでもなってはかなわない。
 金属の実弾ではカレルの「磁界」にそらされてしまうだけだ。そこでピンポイントの単発でエイハブを撃つが、当たらない。
 カレルはついに林の中に転げ込んでしまう。
「ええい!」
 もう撃てない。意味がない。
 この遠距離でミニガンの弾丸ではカレルにはほとんど効果がないだろう。けれども林に火のエレメントの弾丸を撃ち込めば、それこそ放火と同じことだった。追跡するにせよ、林の中で火のエレメントの三節棍を振り回すわけにもいかない。
「畜生! 逃げられた!」
 ブレイク・ハートは地団太踏んだ。
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