レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

「おい! カレル! これから山狩りするぞっ! 無駄な抵抗は止めて、おとなしくでてこいっ! 完全に包囲してる、もう逃げ場はないぞっ!」
 ブレイク・ハートはスピーカーからものすごい大声で、森に向かって怒鳴りたてている。見守っていた木精の警官や軍人たちは、どこにこんな声量があるのか疑問に思ったくらいだった。
「カレル! カレル・ノスティッツ! 自首しろっ! 悪いことは言わねえっ! いますぐ出てくるんだったら、裁判だけは受けられるように弁護してやる! プレート2の裁判所なら、望みはある! 最期くらいは潔くしろ! このまま逃げ続けるんだったら、命の保証はしかねるぞっ!」
 ブレイクは、もうたっぷり十五分も「降伏勧告」をがなり続けている。
 旧知のこととて、多少は情けをかける気になったらしかった。プレート1ではなく、プレート2か4で公判が行われるようにと、少し前に依頼してある。セリムはハロルド号のジオラマを使って、より詳しい打ち合わせのために都心部と交信している。
 国家反逆罪のテロリストの刑罰は、せいぜい死刑か終身刑かの違いでしかない。しかし極刑を免れて生きてさえいれば、恩赦の機会に第一モスクに身柄を引き取って「囚人戦士」になる道も開けてくる。探そうと思えば抜け道はあるのだ。

「ヴァーツラフめ、好き放題言いやがって」
 森に潜んでいたカレル・ノスティッツは毒づく。
 だがスピーカーの怒鳴り声を聞いていると、昨晩のブレイク・ハートの行動も納得できなくはなかった。
 それによればカレルは「帝国に教唆された危険なテロリスト」なのだそうだ。つまり三ヵ月後のプレート間接近で、プレート4を侵略する下準備に送り込まれた尖兵である。分離独立派と通じて暴動の発生を狙っており、要人の暗殺を企んでいる。
 その動機は金呪が過酷であったことへの復讐心であり、共和国の人間全ての虐殺、もしくは隷属化を目指している。血も涙もない冷血漢になっており、プラネット3‐4での二週間の戦闘での戦争捕虜を収容所で尋問と称し、むごたらしく拷問・殺害したと言われる。また確証はないものの、共和国国籍の海外旅行者をつけ狙い、殺人や婦女暴行を繰り返した疑いももたれている。
 現在の身分は皇帝直属親衛隊の近衛騎士であり、今回の侵入破壊工作の功績によって男爵や伯爵への昇進が約束されているのだという。
「よくもここまで……」
 貴公子カレルは額に血管を浮かばせて立ちつくしている。
 ヴァーツラフ・ペルンシュテイン、ブレイク・ハートがそれらのデマを信じているのだとすれば、昨晩自分を発見するなり殺意をもって襲撃してきたこともうなずけた。
「どこのどいつだ? そんなデタラメ、嘘八百を吹き込んだのは」
 けれども思い当たる節、身に覚えが全然ないわけでもない。
 命までは奪わないまでも、共和国籍の旅行者と喧嘩したこともあれば、恐喝して金品を奪ったこともあった。帝国の散布した宣伝ビラで、帰属者リストに自分の名前が勝手に准男爵として載せられていることも知っている。
 どうやらそれらの論拠にゆうに二十倍を超える尾ひれがついたらしい。
 それでもまだ望みはある。
 誤解から攻撃してくるのであれば、誤解を解いてやればよい。ブレイク・ハートの性格からして、真実を知りさえすれば、かえって脱出を助けてくれるかもしれなかった。

「おいっ! カレルッ! いーかげんに出て来いっ!」
 ブレイクは怒鳴るのをやめ、水筒から薄めたリンゴジュースはごくりと飲んだ。もう二十分間もスピーカーで怒鳴りっぱなしである。喉が渇いて当たり前だった。
「もう、この辺りにはいないのかもしれませんよ」
 隣りにいた木精の兵士が、ブレイクに話しかけた。
「あんまり怒鳴るから、かえって逃げたんじゃないでしょうか?」
 台の上のブレイクは「うーん」と腕組みする。
「他のチームから連絡はなかったのか?」
「いえ、まだ」
 険しい地形であり、要所要所にレンジャーチームを配して包囲網をしいている。包囲網は段階を追って狭まってきているはずだった。地形に詳しい現地の木精兵士たちである。いずれ必ず発見される。降参する気がないのならば、どこかの段階でカレルは強行突破を図るしかなくなるだろう。
「そいつはおかしいぜ。違う方向へ逃げたんなら、どっかで網にひっかかるはずだし」
 現地の異種族の達人も多数動員されているのだ。どこかで交戦が始まれば、応援要請の連絡が入ることになっている。
 兵士は考え込む仕草をする。
「そうですね。これは希望的な観測ですが、森の中で自決したとか」
「うーん、どうだろうな。まさかとは思うけど」
 カレルの誇り高い性格を考えれば、敵の手にかかるよりも自殺を選ぶかもしれない。しかしそれは最後の最後だ。一戦も交えずに自害してしまうほど気弱な人間ではなかった。亡命したときに、一度は命がけで追っ手を振り切って逃げているのだ。
 ブレイクはかぶりを振った。
「いーや、それはない。絶対、強行突破を仕掛けてくる」
 そのときだった。耳に覚えのある声が、森の木立から呼びかけてきた。
「ヴァーツラフ! 話を聞いてくれ!」
 ブレイクは耳をピクリと動かし、森に向かって怒鳴り返す。
「よしっ! そのまま出て来いっ!」
「先に話を聞いてくれ! 二分だ、二分だけでいい!」
「よーし、わかった! 喋れっ!」
 ブレイクは大音声で森に怒鳴り返す。
 覆面をした特殊部隊兵士たちは最前列に出、エレメント・アルスの弓に矢をつがえた。弓は木精種族の間ではポピュラーな武器だった(土精のゴーレム製造技法などと比べ、よく引き合いに出される)。このプレート4では木造船の製造と並び称される名物である。
 その背後には旧技術の銃で武装した警官と軍人。
「全部誤解だ! わたしは帝国には属していない!」
「親衛隊の騎士じゃないのか!」
「男爵にしてやると言われたが、断った!」
「なぜ?」
 ブレイクは半信半疑である。いや、疑いの方が強い。
「それでは共和国と戦争することになる!」
「嫌で出て行ったんだろう?」
「わたしだって、親や妹がいる! お前だって、自分の妹の頭の上に爆弾を落とせるか?」
 言葉に詰まる。
 ブレイクにも身にしみてわかる話だった。
 だから大半のエレメント・アルスの魔法使いはおとなしく金呪に服する。もちろん共和国から逃げる者もいたが、それでも帝国に協力して、正面から共和国に戦争を仕掛けてくる者は多くはない。
 帝国の宣伝では数多くの共和国出身の騎士や男爵がいることになっているが、共和国との戦闘に参加してくる者は稀である。自称・共和国出身を名乗る集団に出くわすこともあるが、それも帝国生まれの人間がほとんどだ(動揺を誘うための経歴詐称である)。実際には亡命者の約半数は、共和制か立憲君主制の第三国で好きに暮らすという。
 ブレイクは怒鳴り返した。
「だったら! 三年間もどうしてた! 今ごろどうして、何しに戻ってきた!」
「今はジャーナリストだ! 独立運動のリーダーにインタビューしにきた! 事前にプレート4の高官に許可ももらっている! 身分証明もあるし、新聞社に問い合わせてもらっても構わない!」
「よーし、わかった! そろそろ出て来い!」
「お前が連行してくれるか!」
「オレの船で、ひとまずかくまってやる!」
「頼む!」
 木立の中で物音が聞こえた。
 覆面の兵士たちがごくりと喉を鳴らす。
 カレルがゆっくりと姿を見せた。白い手袋の、人工の両手を肩の高さに上げている。
 ブレイクがカレルの方に行こうと台から飛び降りる。
 特殊部隊の指揮官、フッガーが上級大尉が叫んだ。
「撃て!」
 エレメント・アルスの矢が、一斉にカレルに放たれる。
 しかし一流二流のアルスでは、超一流には届かない。
 三本の剣が出現し、八本の矢を空中で薙ぎ払った。
「降伏した人間を撃つのか?」
 カレルは怒り心頭に言った。それでも剣の切っ先は三本とも下を向いている。まるで三本の十字架が盾になって、壁をつくっているようだ。
「撃て! 撃て!」
 今度は後方の警官や兵士たちが発砲する。弾丸は全てカレルの「磁界」にそらされた。
「よせ!」
 ブレイクは叫んだ。即座にエイハブを部分的に召還し、「アサルトモード」にしてカレルに向けている。ガトリングの四本の銃身のうち、取り外しのできる一部だ。古い映画フィルムに出てくる重機関銃のようだった。
 カレルに反撃の意思がないことを見て取ると、もう一回「撃つな」と怒鳴る。
 陣営の後ろのほうから警官と兵士が四、五人走り出て、カレルを取り囲んだ。カレルに背を向け、壁をつくっている。身を挺して盾になっているのだ。
 そのうちの一人の兵士が、肩越しにカレルに訊ねた。
「なあ、あんた。凶悪テロリストじゃなかったのか? さっき話してた、独立運動のインタビューってのは?」
「本当だ。プレート1から亡命したんだが、今回は取材のためにここに来た」
 カレルは懐から身分証明と旅券を取り出す。そしてプレート4の正規の入国許可証。
「本物みたいだ、こりゃ、どうなってんだ?」
 カレルの隣りに立っていた警官が、覗き込んで皆に告げた。
「本物の入国許可証だ、間違いない。俺は前に、入国管理の部署にいたことがある」
 その場はしんと静まり返った。
 二十人近い木精の一団は、一様に沈黙している。
 特殊部隊のフッガー大尉が、いきなり矢を放つ。もし空中の剣の一本がくいとめなければ、壁をつくった兵士を一人死なせていただろう。矢の破片に腕を傷つけられ、兵士はその場に膝をつく。どうやら骨が折れたらしかった。
「撃て! 撃て!」
 指揮官はさらに矢を射る。結果は言わずもがなだ。特殊部隊の隊員七名も、再度アルスの弓に矢をつがえた。だがそれが弦を離れることはなかった。
 凄まじい銃声、いや砲声の輪唱がその場を圧倒したからだ。
 ブレイクだ。天空に向かってエイハブ・アサルトを乱射している。火のエレメントは炎の柱のように中天を撃ち、花火のように散華する。
「やめねえかッ! この大馬鹿野郎どもッ!」
 事態の成り行きを見守っていた、残りの後方の兵士と警官が前に飛び出す。彼らもまたカレルを囲み、総勢十名の壁をつくる。負傷した一人のほか、全員が銃を構え、覆面の特殊部隊に狙いを定めている。
 なおもカレル殺害を諦めない特殊部隊の目の前に、一列の火柱が上がる。ブレイクが1連射くらわせたのだ。地面にできた溝にはまだ火が燃えていた。
「よせっつってんだろ。……こいつはもう、降参してるんだ。もしこいつにやる気があったら、お前ら全員、とっくにみじん切りだぜ?」
 覆面の男たちはついに武器を下ろした。木精の上級大尉、フッガーは覆面を脱いで、ブレイクに言った。
「命令では『絶対に撃ち殺せ』『逮捕しなくていい、降参も許すな』って指示されたんだ」
「その指図は誰が?」
 カレルの問いに、強面の木精は頭を左右させる。
「わからない。我々はじかの上から言われことをやるだけで、最初の命令を誰が出したかまでは知る必要もない。だけど、特殊部隊を動かせるヤツなんて、そんなに多くはない」
 コワモテのフッガーは自分が負傷させた兵士に近寄って、傷の具合を確認する。それから自分の部下たちに言った。
「どうにもおかしい。ひとまず、被疑者を移送する。そのあとでどうしたらいいか、問い合わせてみよう。……それから、応急処置をしてやれ。救急セットがあっただろう?」

 一団はひとまず、ハロルド号の場所に歩を進めた。距離としてはさして遠くはなく、駅の方面、林の中の空き地である。
 出迎えたセリムはカレルの姿をみとめて驚いた様子だった。
「ブレイク。出かけてる間に、プレート2から命令がきた」
「オレに?」
 V字の片眉をあげたブレイクに、セリムが告げる。
「帝国から水妖のお姫様が、お忍びでプレート4に来てるんだって。僕らに見つけ出して、捕まえるか始末しろって」
 ブレイクは釈然とせずに言った。
「その前に、ハロルド号でキアラに連絡してくれ。統領の話だとカレルは凶悪犯なんだそうだけど、どーも、誤報が混じってるかもしれないって。いっぺん、統領の方に確認をとってくれって。なんやかんや、変な点が多すぎる」
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