レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載
3
「カレル君、無事だったんですって!」
キアラは心から安心したらしく、他人事だというのに嬉し涙まで浮かべている。情け深い女は気苦労が尽きないものらしい。アルジャノンはカレルの無事に内心でほっとしながら、司書のキアラに同情と愛情を感じた。
水晶球に映ったプレート2統領のマフムート・パシャは白い髭を引っ張った。
『それはよかった』
抹殺命令まで出したカレルの無事に祝辞を述べる。マフムートとて、特にカレルに恨みがあるわけでもない。
『事情も変わった。侵入した帝国のスパイの役は、シシィ・キューレボルンにでもやってもらうことにしよう。必要な役目さえ演じてくれれば、どうせ、生贄は誰でも良い。わしからプレート4には連絡しておこう。独立派に罪を着せて粛清するにはそれで充分だろう、とな』
蛇の道は蛇である。
この老人は、関係者をうまく説得してくれることだろう。
4
「シシィか。懐かしい気もするが……」
カレル・ノスティッツは腕を組んでハロルド号の横腹にもたれた。彼の破壊工作員疑惑は「早計による誤報」だと確認が取れている。
「会ったことがあるのか?」
「そうなんだ。帝国に行ったときに知り合った。お忍びで外出中だったらしい。帝国に残れと誘われて、キューレボルン水妖侯国の姫君で、現皇帝の七番目の皇女だと言われたときには、てっきりふざけているか、ちょっと頭がおかしいのかと思っていたが」
「その娘が、貴族に取り立ててやると?」
「あとで出国間際に、宰相府の役人が追いかけてきた。そのときになってやっと、シシィが本物の皇女だと、本気でわかった。それで港でちょっといざこざがあったんだが、なかなか手ごわかった。最後に『すぐにでも男爵になれる』と言われたが、しつこくてわずらわしかったので、ちょっと気絶してもらったよ。その場から逃げるのに、居合わせたボートをジャックしたのは悪かったと思っている。かわいそうだったが、持ち合わせの有り金全部いただいたよ。どうせ金持ちそうだったし、さして困らないだろうと」
凄まじい事柄を淡々と話すカレル。
ブレイクとセリムはたいして動じることもなく聞いていた。
「とにかくその皇女とやらを、とっつかまえなくちゃ」
「待ってくれ、ブレイク」
カレルは異議をていする。
「シシィをプレート1に引き渡したら、どんな目にあわされるかわかったもんじゃあない」
しばらく口をつぐんだあと、彼は思い切って言った。
「見逃してやってくれないか? もちろん、捕まえるなとは言わない。それには協力してもいい。でも、追い出すだけにしてやってくれないか?」
ブレイクはV字眉を曲げる。
「けどよー。正真正銘、帝国の皇女だぜ? そいつこそ、破壊工作でも企んでるのかもしれないし。だいたいよー、お前に容疑がかかったのだって、とどのつまりは、そいつのとばっちりなわけだろ?」
カレルは疑問を差し挟んだ。
「七番目の庶子でもだ、仮にも帝国の皇女だぞ。こんなところまで、ひとりでのこのこと、わざわざ破壊工作になんか来るか? 普通はありえないだろ? 来るとしても、別に重要な目的があるとしか考えられん。それにお付きの護衛くらいは連れてくるだろうし、目立つだろう。それがまだ見つかってないだなんて、おかしいにもほどがある」
「何が言いたい?」
「プレート4はどこかが怪しい。裏でなにか企んでいるとしか、考えられん。シシィを秘密交渉のために呼び寄せて、こっそり匿っているんじゃないのか? わたしにだって、正規の入国許可を与えたくせに、丸一日もたたないうちに警備軍に追いまわされたんだ」
ブレイクは「なるほど」とうなずく。カレルはたたみかけた。
「それに。プレート2にしたって、奇妙だろう? 外人部隊のボス、アルジャノンの頭越しに直接に統領が指示を出してる。しかも、命令の内容がコロコロ急に変わったりする。……これは、どちらも裏があるぞ」
そのとき無線を傍受していた木精の警官の一人が、急に弾かれたように立ち上がった。目でも回したみたいにふらふら揺れている。春一番に吹かれた細い若木のようだ。
「た、大変です」
若い警官はかたまった顔立ちで、その場の二十名を見回した。
「どーした? 今度は台風でも……」
「ど、独立派が皆殺しにされました」
「誰に?」
フッガー上級大尉はコワモテを三倍にして、詰め寄るみたいに問いただす。いかつくて貫禄があるだけに迫力があった。
「う、うちの特殊部隊です!」
「エンヴェルは? エンヴェル・クライストは?」
セリムが青ざめて旧友の安否を尋ねる。警官は答えた。
「抵抗したようですが……詳しいことは……」
5
その日の朝早くの清澄な光と空気に包まれて。
プレート4の終点駅の、名もない町でささやかな市街戦が行われた。
完全武装した木精の特殊部隊が、分離独立派の事務所に押し入ったのだ。
はなから勝負になどなるはずもなかった。
エンヴェル・クライストとジュマルを含む主要メンバーは、帝国に内通したテロリストとしてその場で一方的に全員殺害された。加えて似たような騒ぎが二、三件あったらしい。
『首尾よくいったようじゃな。なによりじゃ』
祝辞を述べるマフムート老人に、プレート4統領は愚痴を言った。
「まったく、旧連邦の戦争中毒者は困ったものです。地下室からオモチャみたいな銃やら、湿気た手榴弾やらが軽トラックにいっぱいも出てきましたよ。同じ木精として嘆かわしいかぎりです。頭のおかしいやつというのは、伝染性の病気のようなものですな。早い目に駆除できて幸いでした。本人のためにも、死んだほうが良かったんです」
木精のロエン統領は健康に良いトマトジュースを飲みながら言った。
「カレルのことは、好きにしてもらって構いませんよ。そっちで使うなり、処分するなり。このまま外国にでも追っ払っても、いっこう構いはしませんが。わたしの方から下に言っておきます」
6
「納得がいかねえ。つーか、ほとんど黒だ」
ブレイク・ハートは折りたたみのビーチ用肘掛にどっかと身を投げた。甲板の上田から、すぐ隣りに回転砲エイハブが控えている。こうなってしまえばハロルド号は砲台のある要塞と同義だった。ワイヤードパズルのエネルギーを動力に裂かず、全てカリオンナイトの舷側装甲防護にまわせば、かなり強固な盾になる。
まさに即席の立てこもりである。もし誰かが近寄って攻撃を仕掛けてきたら、即行で反撃し、エイハブで並外れた火力を叩き込める。
「状況がはっきりするまで、オレはもう動かねえぞ」
明け方に会談したエンヴェル・クライストは、プレート4の特殊部隊に同志もろとも一方的に殺害されたらしい。本当に、そこまでやる必要性があったのか? 一歩間違えれば、自分たちも同じ目にあわされかねない。
木精の警官と兵士たちはハロルド号の横で壕を掘っていた。即席の穴に入って、飛び道具の攻撃を避けるためだ。掘り返した土は、防塁がわりに前に積む。どちらかといえば気休めと気晴らしだ。部下たちが動揺からパニックを起こすのを避けるために、フッガー隊長が発案・命令したのである。頭上でエイハブの援護射撃が期待できるのだから、安全度は極めて高まるだろう。
「セリム、念のために、いつでも離陸できるように準備しといてくれ」
成り行き次第では空に逃げなくてはならなくなるだろう。それに今のセリムにはコックピットに座っているのが精一杯だった。エンヴェルの件で動揺してしまっている。
ブレイクは甲板上に取り付けた、通信機をたぐりよせる。そのケーブルは、ハロルド号のジオラマにつながっていた。
「カレル、プレート2に秘密暗号で通信できるか? モスク・ルージュのアルジャノンと直に連絡とるんだよ。お前、こーゆーの得意だっただろう?」
「やってみよう」
疑いの晴れたカレルは操作パネルに向かい、キーを叩き始めた。
「カレル君、無事だったんですって!」
キアラは心から安心したらしく、他人事だというのに嬉し涙まで浮かべている。情け深い女は気苦労が尽きないものらしい。アルジャノンはカレルの無事に内心でほっとしながら、司書のキアラに同情と愛情を感じた。
水晶球に映ったプレート2統領のマフムート・パシャは白い髭を引っ張った。
『それはよかった』
抹殺命令まで出したカレルの無事に祝辞を述べる。マフムートとて、特にカレルに恨みがあるわけでもない。
『事情も変わった。侵入した帝国のスパイの役は、シシィ・キューレボルンにでもやってもらうことにしよう。必要な役目さえ演じてくれれば、どうせ、生贄は誰でも良い。わしからプレート4には連絡しておこう。独立派に罪を着せて粛清するにはそれで充分だろう、とな』
蛇の道は蛇である。
この老人は、関係者をうまく説得してくれることだろう。
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「シシィか。懐かしい気もするが……」
カレル・ノスティッツは腕を組んでハロルド号の横腹にもたれた。彼の破壊工作員疑惑は「早計による誤報」だと確認が取れている。
「会ったことがあるのか?」
「そうなんだ。帝国に行ったときに知り合った。お忍びで外出中だったらしい。帝国に残れと誘われて、キューレボルン水妖侯国の姫君で、現皇帝の七番目の皇女だと言われたときには、てっきりふざけているか、ちょっと頭がおかしいのかと思っていたが」
「その娘が、貴族に取り立ててやると?」
「あとで出国間際に、宰相府の役人が追いかけてきた。そのときになってやっと、シシィが本物の皇女だと、本気でわかった。それで港でちょっといざこざがあったんだが、なかなか手ごわかった。最後に『すぐにでも男爵になれる』と言われたが、しつこくてわずらわしかったので、ちょっと気絶してもらったよ。その場から逃げるのに、居合わせたボートをジャックしたのは悪かったと思っている。かわいそうだったが、持ち合わせの有り金全部いただいたよ。どうせ金持ちそうだったし、さして困らないだろうと」
凄まじい事柄を淡々と話すカレル。
ブレイクとセリムはたいして動じることもなく聞いていた。
「とにかくその皇女とやらを、とっつかまえなくちゃ」
「待ってくれ、ブレイク」
カレルは異議をていする。
「シシィをプレート1に引き渡したら、どんな目にあわされるかわかったもんじゃあない」
しばらく口をつぐんだあと、彼は思い切って言った。
「見逃してやってくれないか? もちろん、捕まえるなとは言わない。それには協力してもいい。でも、追い出すだけにしてやってくれないか?」
ブレイクはV字眉を曲げる。
「けどよー。正真正銘、帝国の皇女だぜ? そいつこそ、破壊工作でも企んでるのかもしれないし。だいたいよー、お前に容疑がかかったのだって、とどのつまりは、そいつのとばっちりなわけだろ?」
カレルは疑問を差し挟んだ。
「七番目の庶子でもだ、仮にも帝国の皇女だぞ。こんなところまで、ひとりでのこのこと、わざわざ破壊工作になんか来るか? 普通はありえないだろ? 来るとしても、別に重要な目的があるとしか考えられん。それにお付きの護衛くらいは連れてくるだろうし、目立つだろう。それがまだ見つかってないだなんて、おかしいにもほどがある」
「何が言いたい?」
「プレート4はどこかが怪しい。裏でなにか企んでいるとしか、考えられん。シシィを秘密交渉のために呼び寄せて、こっそり匿っているんじゃないのか? わたしにだって、正規の入国許可を与えたくせに、丸一日もたたないうちに警備軍に追いまわされたんだ」
ブレイクは「なるほど」とうなずく。カレルはたたみかけた。
「それに。プレート2にしたって、奇妙だろう? 外人部隊のボス、アルジャノンの頭越しに直接に統領が指示を出してる。しかも、命令の内容がコロコロ急に変わったりする。……これは、どちらも裏があるぞ」
そのとき無線を傍受していた木精の警官の一人が、急に弾かれたように立ち上がった。目でも回したみたいにふらふら揺れている。春一番に吹かれた細い若木のようだ。
「た、大変です」
若い警官はかたまった顔立ちで、その場の二十名を見回した。
「どーした? 今度は台風でも……」
「ど、独立派が皆殺しにされました」
「誰に?」
フッガー上級大尉はコワモテを三倍にして、詰め寄るみたいに問いただす。いかつくて貫禄があるだけに迫力があった。
「う、うちの特殊部隊です!」
「エンヴェルは? エンヴェル・クライストは?」
セリムが青ざめて旧友の安否を尋ねる。警官は答えた。
「抵抗したようですが……詳しいことは……」
5
その日の朝早くの清澄な光と空気に包まれて。
プレート4の終点駅の、名もない町でささやかな市街戦が行われた。
完全武装した木精の特殊部隊が、分離独立派の事務所に押し入ったのだ。
はなから勝負になどなるはずもなかった。
エンヴェル・クライストとジュマルを含む主要メンバーは、帝国に内通したテロリストとしてその場で一方的に全員殺害された。加えて似たような騒ぎが二、三件あったらしい。
『首尾よくいったようじゃな。なによりじゃ』
祝辞を述べるマフムート老人に、プレート4統領は愚痴を言った。
「まったく、旧連邦の戦争中毒者は困ったものです。地下室からオモチャみたいな銃やら、湿気た手榴弾やらが軽トラックにいっぱいも出てきましたよ。同じ木精として嘆かわしいかぎりです。頭のおかしいやつというのは、伝染性の病気のようなものですな。早い目に駆除できて幸いでした。本人のためにも、死んだほうが良かったんです」
木精のロエン統領は健康に良いトマトジュースを飲みながら言った。
「カレルのことは、好きにしてもらって構いませんよ。そっちで使うなり、処分するなり。このまま外国にでも追っ払っても、いっこう構いはしませんが。わたしの方から下に言っておきます」
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「納得がいかねえ。つーか、ほとんど黒だ」
ブレイク・ハートは折りたたみのビーチ用肘掛にどっかと身を投げた。甲板の上田から、すぐ隣りに回転砲エイハブが控えている。こうなってしまえばハロルド号は砲台のある要塞と同義だった。ワイヤードパズルのエネルギーを動力に裂かず、全てカリオンナイトの舷側装甲防護にまわせば、かなり強固な盾になる。
まさに即席の立てこもりである。もし誰かが近寄って攻撃を仕掛けてきたら、即行で反撃し、エイハブで並外れた火力を叩き込める。
「状況がはっきりするまで、オレはもう動かねえぞ」
明け方に会談したエンヴェル・クライストは、プレート4の特殊部隊に同志もろとも一方的に殺害されたらしい。本当に、そこまでやる必要性があったのか? 一歩間違えれば、自分たちも同じ目にあわされかねない。
木精の警官と兵士たちはハロルド号の横で壕を掘っていた。即席の穴に入って、飛び道具の攻撃を避けるためだ。掘り返した土は、防塁がわりに前に積む。どちらかといえば気休めと気晴らしだ。部下たちが動揺からパニックを起こすのを避けるために、フッガー隊長が発案・命令したのである。頭上でエイハブの援護射撃が期待できるのだから、安全度は極めて高まるだろう。
「セリム、念のために、いつでも離陸できるように準備しといてくれ」
成り行き次第では空に逃げなくてはならなくなるだろう。それに今のセリムにはコックピットに座っているのが精一杯だった。エンヴェルの件で動揺してしまっている。
ブレイクは甲板上に取り付けた、通信機をたぐりよせる。そのケーブルは、ハロルド号のジオラマにつながっていた。
「カレル、プレート2に秘密暗号で通信できるか? モスク・ルージュのアルジャノンと直に連絡とるんだよ。お前、こーゆーの得意だっただろう?」
「やってみよう」
疑いの晴れたカレルは操作パネルに向かい、キーを叩き始めた。