レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載

「ちぇい、ちぇい、ちぇい!」
 横なぎに振り回された三節棍が、一なぎにサラマンデル・ゴースト三体を打ち倒す。
「こんのおっ!」
 腰だめに構えたエイハブ・アサルトが、一直線に吹き飛ばす。まるで光の柱が倒れこんだようだった。炎のエレメントの集束する火戦の嵐は、一挙に十数体の燃える死者を爆風のように消し飛ばす。しかしあとからあとから、湧いて出てくるのだ。
「ちっ、きりがねえ!」
 囮になったのは良かった。問題は目立ちすぎたことだ。
 もう二時間くらい一人で戦っていた。ハロルド号はロケット魚雷の弾切れを起こし、後方に補充に行っている。
「死んでもどくかっ!」
 この大通りの先には避難民を満載したフェリーが停泊している。出航までどうにかして時間を稼がなくてはならない(危険エリアの避難民を収容し終えたら、いったん空中に逃れる予定になっている)。そのために要所要所で防衛ラインを張っているのだ。
 そうこうするうちに次の一団が殺到してくる。
「この! この! このおっ!」
 エイハブが続けざまに火を噴く。だが疲労のせいか、威力は低下しているようだった。
 エレメントの弾幕を潜り抜け、一体がブレイクに飛びかかる。
「のわ!」
 透明な炎に包まれたサラマンデル・ゴースト。温度のない炎の縁だけがオレンジ色に揺らめいている。肌はつやつやとして生きているかのようだった。まるで感情のない人形のような目でブレイクを見下ろしている。地面に押さえつけられ、触れているだけで生命力を吸い取られていくようだった。
「でえい!」
 ブレイクは三節棍を一振りする。半円に殴り飛ばされ、サラマンデルのゴーストはアスファルトの上を転がる。すぐにむくりと上体を起こした。どうやら打撃のパワーも切れてきたらしい。
 視界の彼方からは横一列に輪をつくり、迫ってくる死者の群れ。
 これはもう、戦いではなかった。ひたすら不毛、増殖する分ゴーレムよりも始末が悪い。
 しかも意思のない自動機械なのだ。
「えええい!」
 引き金を引く。もうエレメント弾が出ない。ついに力が尽きたのだ。銃身はとっくに焼けついている。包囲は迫ってくる。テクネーで偽りの生命を得た死者たちの群れが押し寄せてくる。ブレイクはそのなかに、ジュマルの姿を認める。
「お前、新しい林檎園作るんじゃなかったのか?」
 呟いたところで、もう聞こえていない。心を失った生物兵器なのだ。
「こんちくしょうっ!」
 ブレイクはエイハブ・アサルトを投げ捨て、三節棍を構える。
 もはや肉弾戦、突撃の他に道はない。
 ブレイクが前に走り出そうとしたとき、前方のサラマンデルの一団にロケット魚雷が炸裂する。晴天の太陽はボート級の影を投げかける。頭上には戻ってきたハロルド号。
『ブレイク、撤退だよ!』
 セリムはハロルド号の高度を下げる。ブレイクは大声で怒鳴る。
「フェリーはどうなった!」
『さっき出航した。それより! もうじき、爆撃が始まる! 逃げないと巻き込まれる』
「けどよ…………残ってる…………」
『アレキサンドリアがそこに来てる!』
「そうかっ」
 ブレイクはジャンプして縄梯子に飛びつく。ハロルド号は危険エリアを離脱した。


10
 白く輝く快速戦艦アレキサンドリア号は被災地の天空に座を占めた。
 阿鼻叫喚の有様なのだろう。逃げ送れて取り残された人々はけっして少なくない。
 もしも放置するならば、周囲一帯を爆撃で「焼きとられる」ことになるだろう。
『統領からはロクシアスを使え、との指示だ』
「秘蔵の虎の子だぞ? まだ見せるには惜しいが……」
 アルジャノンはためらいがちながらも、秘密兵器ロクシアスを使用する準備を始める。太陽神アポロンの異名からとられた「それ」は、アル・カーヒラが極秘に開発したもの。来るべき「危機」に備えて隠しておくべき代物だった。
 アルジャノンは不承不承ながらに「ロクシアス」に手をかけた。
「他に手もなしか!」
 選択肢が他にないとはいえ、癪に障る話だった。これでプレート1に切り札を見せてしまうことになる。彼はしきりに周囲の空を見回し、今このときにも自分たちを偵察しているのであろう「仮想敵」にガンを飛ばしている。
『プレート4が打撃を受けるのはまずい。もしプレート1に口実を与えて、ここまで直接統治なんてことにでもなったら、それこそどうにもならん』
「まったくだが、不愉快だ。やつらにメイト(王手)されて、いいように追い立てられちまってやがる」

 アレキサンドリア号から同心円状に白っぽい光が広がっていく。
 細かい青い稲妻が入り混じって走るのはアルジャノンのアルスのせいなのだろうか?
 摩訶不思議に清冷な光は静かに爆発的に浸透していく。
 まるでもう一つの太陽が出現したように見えただろう。
 その光は生命や構造物を破壊することはなかった。
 ただ忌まわしい生ける死者たちを停止させる。
 そして町じゅうのテクネー装置もまた軒並み機能停止に追い込んだ。

『よし。状況を確認次第、救助を再開する。空爆はひとまず見合わせるように連絡を……』
 その言葉か終わらないうちにミサイルの第一波が飛来する。
 プレート1のYP(ワイヤード・パズル搭載)複葉機の爆撃隊が望めた。飛行船の影も。ワイヤード・パズルを動力源にした飛行機だ。魔法使いの専用艦艇に比べて性能が劣るとはいえ、制空権内なら爆撃やミサイル攻撃くらいはできる。
「馬鹿な、早すぎる!」
 青息吐息のアルジャノンは額に汗を光らせながら、呟く。ネルソンは舌打ちした。
『そうだ、早すぎる。最初から爆撃する気で、あらかじめ早くに発進して、近くまで来てたんだ。ひょっとするとあらかじめ、近くのプラネットに潜んでいたのかもしれん…………一番と四番のガトリング砲手、五番・六番バルカン射手は弾幕を張って町を守れ! 狙撃手もだ、ミサイルを撃ち落せ!』
 アルジャノンが的確に推測、指摘した。
「きっとこの間、近くの空域の軌道上に輸送された、あの資源プラネットだ。あらかた内部に細工して、潜んでいたんだろう。秘密交渉の頭金のつもりでポケットに入れたら、実際は爆弾だったわけだな」
『…………君、通信手! ルテティアの「爆撃軍」の阿呆どもに「撃つな」と教えてやってくれ! もうこの町を撃つ理由も口実もないんだ!』
 数度に渡る通信は全て無視された。何を伝えようとも、一切聞く耳を持たなかった。
 三度目にはネルソン提督本人が無線に怒鳴っていたのに。
『おいっ! 聞こえてないのかっ! こちら、プレート2チャペル・ブルーのアレキサンドリア号、提督のサラーフ・ネルソンだっ! ストップだっ! 攻撃を中止しろっ!』
 全ての通信回線で怒鳴りまくっても無駄だった。
『聞いてるのかっ!』
 一度は救われたかにみえた町は次々に建物を破壊され、炎上している。爆発音の多重奏にネルソンのテノールだけが虚しくハウリングする。唱和する被害者たちの悲鳴が船にまで聞こえてくるようだった。狙撃手たちがミサイルを撃ち落し、バルカンやエレメントガンの砲手が弾幕を張っても。そうそう町全体を防衛できるものではない。
 通信手の女は泣いている。屈強な男の乗組員でさえ顔を青ざめさせている。気の荒い戦闘員たちも燃え上がる町を見下ろして眉をひそめる。アルジャノンは蒼白でこめかみをピクピクさせている。
『ふざけるなっ! 事故じゃすまないんだぞっ! すぐに攻撃中止しろっ!』
「ネルソンっ! 撃てっ!」
 ついに痺れを切らしたアルジャノンが喚く。目が血走っている。
「あのわからず屋どもを撃ち落せっ、片っ端からっ!」
『だが……あれには人間が乗っているんだぞ?』
「下で市民が大勢死んでいる!」
『それはそうだが……』
 友軍を撃つ?
 今回のケースはもう友軍とは呼べない。奴らこそ、この災厄の元凶なのだ。
 砲手たちは引き金に指をかけて命令を待っていた。
 ネルソン提督はついに警告を発した。
『攻撃を中止せよ、でなければ撃ち落す!』
 そして二度目の警告から五秒後、提督が三度目の、そして最後の警告を通告しようとしたとき。アレキサンドリアの艦体に衝撃が走った。
 攻撃されたのだ。一言の警告すらなかった。
「畜生っ!」
 そのときやっと通信が入り、「誤射を詫びる」電文を送り、「着艦許可」を求めてくる。町へのミサイル攻撃も収まったかに見えた。
『よし。左舷カタパルト展開』
 ワイヤード・パズルで飛ぶ複葉機の一機がカタパルトの方へ空を回りこむ。
 ビーバーのネルソン提督は青い上着の襟口を引っ張って、「やれやれだ」と呟く。灰色がかった華麗な毛並みに、前髪をかきあげる仕草で。
『まったく、ノータリンどもめ。文句の一つも言ってやらんと……』
「提督ッ!」
 オペレーターが甲高い悲鳴をあげる。
 複葉型の飛行機は減速しない。速度を上げて突っ込んでくるのだ。
 ついに砲手の一人が指示を待たずに飛行機に発砲する。アルジャノンは「まさか」と一瞬ためらう。意を決して大慌てで撃墜しようとしたがもう間に合わない。
 全てが遅かった。テクネー複葉飛行機の一機が艦に体当たりしてくる。
 それは飛行機ではなかった。有人と見せかけた、テクネーによる自律制御型ゴーレムだったのだ。きっと空を飛んでいる半分は無人機だったのだろう。
(欺かれた!)
 衝撃に船体が揺れ、爆発音が響き渡る。砕けた防護装甲がキラキラ光って飛び散り、爆煙が吹き上がった。ショックはブリッジにまで響き渡る。ちょうど立ち上がりかけていたネルソン提督はひっくり返り、斜めになった床を転がって顔面から壁に突っ込んだ。
 艦は完璧に隙を突かれて体勢を崩した。
 間髪いれず、アレキサンドリア号に一斉に火線が集中する。
 無敵であるはずのチャペル・ブルーの守護天使は、ろくに戦わずして落ちた。もしも最初から本気で交戦していれば、こんな爆撃部隊など壊滅させていたのかもしれなかった。
 狡知の勝利以外に何者でもなかった。
『恥を知れっ! 恥を……』
 煙に充満し始めたブリッジで、前歯の一本折れたビーバーの提督が吼えた。
 けれども歴史にIF(もしも)はない。
 アレキサンドリア号は煙を上げて落下していく。火災が発生し、動力源のジオラマが片方壊れて駄目になっていた。さらに追い討ちのミサイルまで飛んでくる。舵が故障して姿勢が保てない。それでも強引に不時着したが、幼年学校の体育館にぶつかってしまう。船底が屋根をかすめて通過して校庭に横倒しになる。船体は横に軋んで割れ、竜骨はへし折れた。甲板から投げ出された砲が土の上を転がる。
 艦は大破した。しかも体育館には逃げ送れた人々がいた。
 避難民十二人が天井の破片の下敷きになって死傷した。
 さらにそれからが大変だった。艦の乗組員たちは生き残った人々を守って、町を脱出するのがやっとであった。しかも泣き叫ぶ女や子供や老人たちに「頓馬野郎」「人殺し」と罵られながらだ。戦闘員の三分の一は爆撃の瓦礫の犠牲になって死んだ。それでもどうにか、脱出途上で百人近くの住民を救助することはできたのだが……(奇跡である!)。
 一団が安全地帯に辿り着くなり、モーゼ気取りだったアルジャノンは「責任者」として、怒りで錯乱した一部の若者たちから袋叩きになった。小動物であるビーバーのネルソン提督も、それを止めようとして蹴り飛ばされ、ドブに落下してしまったのである。
 そしてプレート4の大きな都市が一つ、焼け落ちて灰になった。
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