レッドパンダ・ブレイク ※本格・長編ファンタジー戦記、一括掲載
11
ハロルド号が危険地帯から距離をおき、安全な荒地に着陸するなり……。
「セリム」
金色の瞳はいつになく鋭さを増している。
「一つばかり訊きたいことがある」
ブレイク・ハートはセリム・トレルビーにエイハブ・アサルトの銃口を突きつけた。事の顛末に機嫌が最悪で、しかも疑心暗鬼でもあることは考えるまでもない。なにしろ統領とキアラに担がれて踊らされたのだから。
しかし彼はやや短気だが馬鹿ではない。漠然とした気分だけで、彼はこういう行動はとらない。そこには明確な理由があるはずである。
「どうしたんだい? ブレイク?」
慣れているはずの甲板が知らない世界になったようだった。
よく知っているはずの二人は互いに未知の存在として対峙している。
「答えてもらうぜ?」
「何を?」
セリムはあくまでも平静で、目許涼しげだった。
身に覚えがないから?
だが状況からすれば、まったく驚かないことこそ奇妙だった。
だとすれば。身に覚えがあるからこそ、かえって平然としているのだろうか?
満身創痍のブレイク・ハートは引き金に賭けて問いただした。
「お前、『もうすぐ爆撃が始まる』って言ったな?」
「そう?」
「とぼけるな! 何でそれが判ったんだ? アレキサンドリアの連中は『早すぎる』って騒いでたのによ。……おかしいじゃねえか。なんでお前は知ってたんだ? それに、知ってたんなら、どうしてあいつらに伝えなかったんだ?」
セリムは感情のこもらない声で答えた。
「鋭い指摘だけれど。すぐに頭に血が上って熱くなるんだねえ」
「そいつは悪かったな……だがゴマカシはきかねえぞ?」
「普段から言ってるでしょ、胸騒ぎでわかるって」
「ワイヤード・パズルの波動に敏感だって、アレか?」
「そうだよ」
「けどよ、あのときはまだレーダーにも映ってなかったんだぞ?」
沈黙が落ちた。
エイハブ・アサルトの銃身は微動もしない。ぴったりとセリムの胸に狙いを定めている。
セリムは溜息をついてから、ぽつりぽつり話始めた。
「……ぼくは、連邦時代に人工心臓のモルモットだったから」
「モルモット?」
「そう」
こればかりはブレイクにとっても初耳の話だった。
「心臓が特殊な生体型の試作品で、部品にワイヤード・パズルが使われてるわけ。……あ、実験っていったって。ちゃんとした治療の一環だったからモノはいいはずなんだけど」
「んなこと、聞いたことねえぞ」
「だって……」
セリムはやや朗らかに、照れるみたいに笑った。
「……そんな物騒な奴と組みたくないでしょ?」
「アホ抜かせ。そんなこと言い出したら、世の中物騒でおかしな奴ばっかりだろうが? オレの立場はどうなるんだよ? それに今さっき、頭か精神に問題のある、よっぽどとち狂った連中が、目の前で町一つ燃やしやがっただろうが? ヒステリーの女やノイローゼの男でも、ああまで酷くないぜ」
ブレイクは軽く憤った。セリムは小さくふきだす。ブレイクは小首をかしげる。
「……で、それがどういう関係があるんだよ」
「うん」
セリムは話の脱線を修正して自分の種明かしを続けた。
「副作用ってゆーか、他のパズルの高周波ノイズみたいなのに反応して、感覚的にかなり遠くからでも判るんだ。そこいらのレーダーより感度が高いときがあるみたい。……だから、ピンときた。勘みたいなものかな。ざーって、波の塊みたいなのが遠くからやってくる、みたいな。あれだけの数が近づいてきたら、状況から判断しても『YP複葉機の編隊だ』って」
ブレイクは片手を腰に当てて、うさんくさそうに片眉を吊り上げる。エイハブの銃口は空中に円を描いている。
「ほんとうに?」
「うん、本当」
ブレイクは左右の足に体重をかわるがわる移動してぼやく。
「でもよー、だったら、オレらもあのままネルソンたちと、一緒に戦ってたら……」
「そんなボロボロで何ができるのさ? 足引っ張った挙句に、犬死するのがオチだよ」
セリムはとことんまで冷静である。
事実、ブレイクは疲労困憊の上に傷だらけだった。ただ毛皮の赤いおかげで出血が目立たないだけなのだ。
「それにハロルド号もガタがきてるって、ちゃんと言ったでしょ?」
老朽化である。先日の戦闘のダメージも完全には復元できなかった。
しかもプレート間を横切る無茶な長距離の強行軍と派手な胴体着陸が祟ったらしい。さらには直前の、長時間に渡った市民の脱出援護でワイヤード・パズルもオーバーヒートに近づいていた(改造で直結させたバルカンを使いすぎたのだ)。もはや対地攻撃の支援すら怪しく、ましてやあの数の飛行型ゴーレムを敵にして空中戦をやるのは不可能だった。
「それと。あの人たちに伝えなかったのは『必要ない』し『無用な忠告』だって思ったから。ぼくだってあそこまで徹底的に無茶苦茶やられるとは思ってなかったし。…………第一、アレキサンドリア号だって、さっさと先に撃てば良かったんだ。戦力的にはそうそう負けるわけなかったんだし。あの人たちが、あそこまで甘いとは正直思ってなかった……かえっていい薬だったかもね。自分でそういう経験しないと、判らないもの」
セリムの言うとおりだったかもしれない。
あのアレキサンドリア号なら。四門の主砲やバルカンに加算して、十人の戦闘員が銘々の射撃武器で周囲を守れば空中要塞にも等しかっただろう(ミサイルポットまで数えて合計すると、二十近い火器を備えていた勘定になる)。ああも易々と落ちるものではなかったはずなのだ。明白な意思さえあれば、プレート1のテクネー飛行隊を壊滅、撃退することも充分にできたはずだった。
状況判断の誤りこそが致命的な結末を招いたのだった。
それからセリムは目を伏せて付け加えるように言った。
「でも、ひょっとしたら僕も心の底では憎んでて、『こうなったらいい』とでも思ってたのかもしれない」
「憎んでいた?」
ブレイクはセリムの言うことが解せない。
「……だって、エンヴェルをあんな酷いやり方で殺した町だし。『木精のために人間と戦う』って決心してたエンヴェルを、自分たちで勝手な都合で殺したんだもの。今度は自分たちが人間に虐殺されても仕方ないだろうし」
セリムは冷たく笑う。幾分かの自嘲も混じっていたのかもしれなかった。
「だからぼくは、彼らのためには泣かないし、祈ろうとも思わない。血も涙もいらないって、子どもの頃からずっと思ってたんだ」
「バカヤロウ」
ブレイク・ハートはありきたりな乾いた呟きを漏らす。彼はエイハブの銃身を下ろし、セリムの胸から照準を外した。
12
同時刻。
アレキサンドリア号の後続に現れた快速艦三隻が、プレート1の飛行部隊に射撃を喰らわせた。事ここに至って、ついに町への爆撃は中止される。
けれどもプレート1の飛行部隊は引き上げようとはせず、かえって空母までが近隣に飛来して、威嚇するように宙に座を占める。プレート2の側の三隻は、さらに後続でやってきた同型艦一隻と小型快速艇四隻を合わせて陣を敷く。
事変であった。
共和国分裂の危機、あわや開戦の惧れすら孕んだ緊張。
両者はそれから十一時間もの間、破壊された町の上空で睨みあっていた。
八時間後の時点で、共和国と親交のある旧連邦諸邦の一国の首脳が「遺憾」の意を表明する声明を発表(これは「たまたま偶然に」「通商会談のために」来訪中だったマフムート・パシャの要請によると囁かれた)。プレート1側も態度を軟化させ、緊急会談に応じる姿勢を示した。
翌朝未明、近隣空域のフェリーで共和国プレート1・2・4(ルテティア、アル・カーヒラ、ストロモフカ)の首脳が内々に集結した。
ハロルド号が危険地帯から距離をおき、安全な荒地に着陸するなり……。
「セリム」
金色の瞳はいつになく鋭さを増している。
「一つばかり訊きたいことがある」
ブレイク・ハートはセリム・トレルビーにエイハブ・アサルトの銃口を突きつけた。事の顛末に機嫌が最悪で、しかも疑心暗鬼でもあることは考えるまでもない。なにしろ統領とキアラに担がれて踊らされたのだから。
しかし彼はやや短気だが馬鹿ではない。漠然とした気分だけで、彼はこういう行動はとらない。そこには明確な理由があるはずである。
「どうしたんだい? ブレイク?」
慣れているはずの甲板が知らない世界になったようだった。
よく知っているはずの二人は互いに未知の存在として対峙している。
「答えてもらうぜ?」
「何を?」
セリムはあくまでも平静で、目許涼しげだった。
身に覚えがないから?
だが状況からすれば、まったく驚かないことこそ奇妙だった。
だとすれば。身に覚えがあるからこそ、かえって平然としているのだろうか?
満身創痍のブレイク・ハートは引き金に賭けて問いただした。
「お前、『もうすぐ爆撃が始まる』って言ったな?」
「そう?」
「とぼけるな! 何でそれが判ったんだ? アレキサンドリアの連中は『早すぎる』って騒いでたのによ。……おかしいじゃねえか。なんでお前は知ってたんだ? それに、知ってたんなら、どうしてあいつらに伝えなかったんだ?」
セリムは感情のこもらない声で答えた。
「鋭い指摘だけれど。すぐに頭に血が上って熱くなるんだねえ」
「そいつは悪かったな……だがゴマカシはきかねえぞ?」
「普段から言ってるでしょ、胸騒ぎでわかるって」
「ワイヤード・パズルの波動に敏感だって、アレか?」
「そうだよ」
「けどよ、あのときはまだレーダーにも映ってなかったんだぞ?」
沈黙が落ちた。
エイハブ・アサルトの銃身は微動もしない。ぴったりとセリムの胸に狙いを定めている。
セリムは溜息をついてから、ぽつりぽつり話始めた。
「……ぼくは、連邦時代に人工心臓のモルモットだったから」
「モルモット?」
「そう」
こればかりはブレイクにとっても初耳の話だった。
「心臓が特殊な生体型の試作品で、部品にワイヤード・パズルが使われてるわけ。……あ、実験っていったって。ちゃんとした治療の一環だったからモノはいいはずなんだけど」
「んなこと、聞いたことねえぞ」
「だって……」
セリムはやや朗らかに、照れるみたいに笑った。
「……そんな物騒な奴と組みたくないでしょ?」
「アホ抜かせ。そんなこと言い出したら、世の中物騒でおかしな奴ばっかりだろうが? オレの立場はどうなるんだよ? それに今さっき、頭か精神に問題のある、よっぽどとち狂った連中が、目の前で町一つ燃やしやがっただろうが? ヒステリーの女やノイローゼの男でも、ああまで酷くないぜ」
ブレイクは軽く憤った。セリムは小さくふきだす。ブレイクは小首をかしげる。
「……で、それがどういう関係があるんだよ」
「うん」
セリムは話の脱線を修正して自分の種明かしを続けた。
「副作用ってゆーか、他のパズルの高周波ノイズみたいなのに反応して、感覚的にかなり遠くからでも判るんだ。そこいらのレーダーより感度が高いときがあるみたい。……だから、ピンときた。勘みたいなものかな。ざーって、波の塊みたいなのが遠くからやってくる、みたいな。あれだけの数が近づいてきたら、状況から判断しても『YP複葉機の編隊だ』って」
ブレイクは片手を腰に当てて、うさんくさそうに片眉を吊り上げる。エイハブの銃口は空中に円を描いている。
「ほんとうに?」
「うん、本当」
ブレイクは左右の足に体重をかわるがわる移動してぼやく。
「でもよー、だったら、オレらもあのままネルソンたちと、一緒に戦ってたら……」
「そんなボロボロで何ができるのさ? 足引っ張った挙句に、犬死するのがオチだよ」
セリムはとことんまで冷静である。
事実、ブレイクは疲労困憊の上に傷だらけだった。ただ毛皮の赤いおかげで出血が目立たないだけなのだ。
「それにハロルド号もガタがきてるって、ちゃんと言ったでしょ?」
老朽化である。先日の戦闘のダメージも完全には復元できなかった。
しかもプレート間を横切る無茶な長距離の強行軍と派手な胴体着陸が祟ったらしい。さらには直前の、長時間に渡った市民の脱出援護でワイヤード・パズルもオーバーヒートに近づいていた(改造で直結させたバルカンを使いすぎたのだ)。もはや対地攻撃の支援すら怪しく、ましてやあの数の飛行型ゴーレムを敵にして空中戦をやるのは不可能だった。
「それと。あの人たちに伝えなかったのは『必要ない』し『無用な忠告』だって思ったから。ぼくだってあそこまで徹底的に無茶苦茶やられるとは思ってなかったし。…………第一、アレキサンドリア号だって、さっさと先に撃てば良かったんだ。戦力的にはそうそう負けるわけなかったんだし。あの人たちが、あそこまで甘いとは正直思ってなかった……かえっていい薬だったかもね。自分でそういう経験しないと、判らないもの」
セリムの言うとおりだったかもしれない。
あのアレキサンドリア号なら。四門の主砲やバルカンに加算して、十人の戦闘員が銘々の射撃武器で周囲を守れば空中要塞にも等しかっただろう(ミサイルポットまで数えて合計すると、二十近い火器を備えていた勘定になる)。ああも易々と落ちるものではなかったはずなのだ。明白な意思さえあれば、プレート1のテクネー飛行隊を壊滅、撃退することも充分にできたはずだった。
状況判断の誤りこそが致命的な結末を招いたのだった。
それからセリムは目を伏せて付け加えるように言った。
「でも、ひょっとしたら僕も心の底では憎んでて、『こうなったらいい』とでも思ってたのかもしれない」
「憎んでいた?」
ブレイクはセリムの言うことが解せない。
「……だって、エンヴェルをあんな酷いやり方で殺した町だし。『木精のために人間と戦う』って決心してたエンヴェルを、自分たちで勝手な都合で殺したんだもの。今度は自分たちが人間に虐殺されても仕方ないだろうし」
セリムは冷たく笑う。幾分かの自嘲も混じっていたのかもしれなかった。
「だからぼくは、彼らのためには泣かないし、祈ろうとも思わない。血も涙もいらないって、子どもの頃からずっと思ってたんだ」
「バカヤロウ」
ブレイク・ハートはありきたりな乾いた呟きを漏らす。彼はエイハブの銃身を下ろし、セリムの胸から照準を外した。
12
同時刻。
アレキサンドリア号の後続に現れた快速艦三隻が、プレート1の飛行部隊に射撃を喰らわせた。事ここに至って、ついに町への爆撃は中止される。
けれどもプレート1の飛行部隊は引き上げようとはせず、かえって空母までが近隣に飛来して、威嚇するように宙に座を占める。プレート2の側の三隻は、さらに後続でやってきた同型艦一隻と小型快速艇四隻を合わせて陣を敷く。
事変であった。
共和国分裂の危機、あわや開戦の惧れすら孕んだ緊張。
両者はそれから十一時間もの間、破壊された町の上空で睨みあっていた。
八時間後の時点で、共和国と親交のある旧連邦諸邦の一国の首脳が「遺憾」の意を表明する声明を発表(これは「たまたま偶然に」「通商会談のために」来訪中だったマフムート・パシャの要請によると囁かれた)。プレート1側も態度を軟化させ、緊急会談に応じる姿勢を示した。
翌朝未明、近隣空域のフェリーで共和国プレート1・2・4(ルテティア、アル・カーヒラ、ストロモフカ)の首脳が内々に集結した。